8.11.2014

『クオリティ』について

「禅とオートバイ修理技術」を読んでいる。

主人公の男は、かつて飛び級をかさね十五歳で大学入学するような天才だった。そこで化学を専攻していたが、科学全体に不信を重ね大学を放校する。数年山ごもりをしたあと、インドの大学(バラナシ・ヒンドゥー大)で哲学を学ぶ。そしてアメリカに戻り、大学の講師をしていた。

彼は修辞学という、文章表現の講師をするのだが、そのなかで「クオリティ」という概念に気づき、それに没頭する。結局、彼は「精神異常」の人間という判決を受け、当時は一般的に行われた「ECT療法」により記憶を失う。

彼はECT療法前の自己をギリシャの知者「パイドロス」と呼び、息子とのバイクの旅を通じて失われた記憶を探る……。

というのがストーリー。言っておくがノンフィクションである。


思想の核である「クオリティ」とは何なのだろうか。例えば我々は優れた芸術作品とダメな作品があることを知っている。ぼくが書いた文章よりも三島由紀夫の文章の方が美しいことを知っている。なぜなのか?ある車のデザインは「クオリティが良く」、他の車のデザインは「クオリティが悪い」とされる。なぜなのか。

その感覚は理論で定量的に表すことはできない。つまり客観的に表現できるものではない。しかし、完全に主観的ではない。主観的であれば、クオリティは我々の精神にしか存在しないことになる。しかし、クオリティは確かにあるのだ。定義不可能であるが、確かにある。ぼくの散文が三島由紀夫の文章を超越することがないように。

でまあ、パイドロスはこのジレンマに悩んだ。クオリティは主観に属するのか?客観に属するのか?精神か物質か……。で、パイドロスは閃いたわけだ。「三位一体だ!」

つまり主観と客観と、クオリティの三つの要素があるのだ。精神と物質の二元論ではない。ヘーゲルのような一元論とも違う。ギリシャ時代にあったような「多元論」でもない。――三元論。この美しい答え。



この図は小説中から引っ張ってきたものだが、精神・物質とクオリティの三者の関係を示している。まず、原初にクオリティがある。そしてクオリティは「ロマン的クオリティ」と呼ばれる前知性的実在と、「古典的クオリティ」と呼ばれる知性的実在に分けられる。われわれが普通「世界」だと感じている精神や物質は、知性的実在に含まれる。

ではこの全ての大本であるクオリティとはなんなのか。パイドロスは大学の同僚にこう答えている。
≪クオリティ≫に関する説明は、それがいかなるものであっても、虚偽、あるいは真実のいずれにもなる。単なる哲学的説明にすぎないからだ。哲学的説明のプロセスは、分析的であって、いわゆる主語、述語といったように分解することである。私がクオリティという言葉によって意味する物は、決して分解することはできない。それは≪クオリティ≫が神秘的すぎるからではない。あまりにも単純で、思考を越えた直覚的なものだからである。」
≪クオリティ≫とは、一個の有機体が示すその環境への反応である、と言えば、一般の人びとにもきわめて理解しやすいだろう。
人間は、複雑に入り組んだ現代の社会構造のなかで、実に多くの類似物を創り出すことによって、この環境に反応するさまざまな有機的組織体の進歩を促してきた。陸地、天空、樹木、岩石、海洋、神々、音楽、美術、言語、哲学、工学、文明、科学、私たちはこうした類似物を生みだしては、これらを実在と呼ぶ。確かにこれらは実在する。だが事実は、こうした類似物を生みださせる物が≪クオリティ≫なのだ。クオリティとは、私たちが生きる世界を創造するために環境が与える連続的刺激なのだ。そのすべてが≪クオリティ≫だ。何から何までそのすべてが≪クオリティ≫なのだ。(早川書房p94)

こうした感覚は理解できるものである。われわれはプラトンが言ったように壁に映った影しか見ることができない。知覚の働きを用いる以上はそうである。そしてそれがわれわれの世界の全てだ、と思っている。

しかし、西田哲学のように「主客未分」、つまり知性的実在と前知性的実在を分かつ前の状態=クオリティは確かに存在するのである。それはあまり良い表現ではないが、「環境が与える刺激」である。この大本を、感じ取らなければならない。また、その存在を無視してはならないのだとぼくは思う。とくに芸術作品に触れ、美の感覚を得ようというのなら……。

この思想が主人公が息子と登山して、山頂につくクライマックスシーンと一緒に講義されるので、かなり興奮する。

この本はまだ全てを読んでいないが、パイドロスが老子の道を読んだときに「俺の考え、老子と全部一緒やん!」というところで止まっている。なんじゃそりゃという感じだが、それでもかなりおもしろい哲学が展開されていることは間違いない。

このクオリティ論は面白いのでしばらく掘り下げたい。それにしても「禅とバイク修理技術」ってタイトルがおかしいよ。早くバイクで走り出してくれ。

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