8.10.2014

etude

「あ、やっときた。混んでるな今日も」

「先輩、五杯目ですよ。しつこいくらいビールですね」

「うん。ビール大好き」

「で、何の話でしたっけ」

「そうそう、苦手なんだよな、あれ、会話という奴が」

「あ、それだ。マアわかりますよその気持ち」

「口べたなんだよ、俺は」

「ひとりで部屋で籠もってればそうなりますね」

「表情筋なんて衰えてしまってね……笑うと、ほら」

「あはは、陰気な笑顔ですね」

「まあな……。」

「あれ、ちょっと凹んでますね。落語でも聞くといいって聞きますよ」

「落語かあ。芸人っていう人種嫌いなんだよね。ひな壇芸人とかさ、知性がないじゃん」

「四の五の言ってられないすよ。おしゃべり自体が嫌いってんじゃあなあ」

「会話が苦手だから文章書いてるんだよ」

「まあ、こうやって何かしら話してれば要領掴めるんじゃないですか」

「そうだといいんだが……」

「……」

「……」

「いきなり黙らないでくださいよ」

「ごめん何話していいかわからない」

「思春期の少女ですか」

「それにしても、会話って音楽だよな」

「突然ですね」

「音楽なんだよ。つまり時間芸術」

「ははあ。まあ文学自体時間芸術ですけどね」

「よりきびしく時間芸術なの。だって、俺がちょっと黙ったら『……』が出てくるだろ」

「そうすね」

「お前の『そうすね』だって文学的価値はないし削りたいところだ。でも必要なんだ。なぜなら時間芸術だから」

「よくわかんないす。先輩こっちの世界に戻ってきてください」

「いいか、会話のコツっていうのはリズムなんだよ」

「リズム」

「そう。音楽の三大要素はなんだ」

「リズム・ハーモニー・メロディですね」

「会話はハーモニーだ。そしてメロディーでもある。さらにリズムだ」

「ふーん。なんだかこじつけみたいですけど」

「メロディは単語の選択、ひとつの直線的な流れだ」

「まあわかります」

「ハーモニーはお前の言葉と俺の言葉の共鳴だ」

「気持ち悪いですね」

「そして、リズム!ウンタンウンンタン!」

「先輩」

「リズムは無限のサイクルだ。そしてもっとも最初の音楽だ」

「アフリカの部族的な感じ」

「そう。結局いい会話ってのはリズム的に優れてるんだよ」

「強引にまとめましたね」

「俺ひとりが延々語ってもいいんだよ。でも会話文っていうのはひとつのカタルシスだ。長ったらしい叙情的な文章はだれだって読みたくない。次のページを開いてみて、改行もなしに文字列の塊がどどんとあったら嫌だろ。哲学書じゃないんだからさ……。会話文の多いページってのはほっとするものさ。トントンと読めて、しかも会話文は難しい言葉は出てこない。ほとんどの小説が会話文と地の文から成る。会話文を制すものは小説を制すと言っても過言ではない。なにしろより直接的に響いてくるのはリズム的要素の強い会話文なんだからな」

「うわあ、眠たくなる」

「これはリズム的に言えば十六分音符の滅多打ちみたいなもんだ」

「でも、会話文が多いページがほっとするのはわかりますよ」

「そ。読者がついてこれるように始めは会話文が多い方がいいかもしれない」

「先輩、読者のことなんて考えてたんですね」

「まあ最近はね……」

「あ、リズムってどういうリズムがいいんですかね」

「普通は四分音符くらいがいいだろう。」

「つまり?」

「シンプルイズベストだ。変則的なリズムは普通好まれないもんだ」

「へえ。まあなんでもそうですよね」

「そう、基本的なこと、シンプルなことがいちばん大事なんだよね、結局」

「うん。……うまくまとまったし、そろそろ帰りましょう」

「ちょっと待てよ」

「予定があるんですよ」

「どうせ毎日会ってるだろうが」

「そうですけど、浮気だと誤解されちゃいますよ」

「まあ座れって。ここで終わったら俺の会話下手が直らないままだ」

「どうでもいいじゃないですか」

「座れ。座ってちょうだい」

「わかりましたよ。少しだけですよ」

「よし」

「まったく……」

「今のはちょっといい会話だった。なぜかわかるか」

「ちょっとした押し問答があっただけじゃないですか。」

「『ちょっと待てよ』『予定があって』『毎日会ってるだろ』『浮気と誤解される』の流れは、けっこういいぞ」

「まあテンポはいいですね」

「それだけじゃない。これだけでお前がちょっとしたプレイボーイということがわかる。そして『彼女』という単語すらでてないのに、うざったい女の姿が浮かび上がってくる」

「人の彼女を貶さないでくださいよ……」

「会話とは、高度な情報処理だ。自然な会話とは最低限の会話だ」

「……」

「俺たちは日常のなかでそういった会話を無意識的にこなしている。」

「……」

「この領域を目指せばいいだけなんだ。それがいい会話なんだよな」

「……あ、終電!それじゃ失礼します!」

「あ、おい待て!」

「……」

「……ちっ」

「……」

「……すいません、ビールおかわり」

「……」

「……」

「」

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