9.12.2014

田舎の住宅事情に驚愕す

田舎に就職しようということになったので、その近辺を調べている。

田舎とは言っても勤務先の近くにはマクドナルドや吉野家もあればダイソーやスーパー、ホームセンター、映画館、漫画喫茶くらいはある。よくある田舎自慢のように「最寄りのスーパーまで数時間」ということはない。寂れた街というよりは、小都市と言ったところだろうか?

観光地なのでそれなりのバーや高級料理店もあるし、温泉まである。正直なところ、ぼくの生家よりだいぶ便利がいい(大都市に行こうとなったら不便だが)。

音楽スタジオがないのが激痛だが、だれもいない「山」には事欠かない土地柄である。野山で野外練習というのも味がある(か?)。

すばらしいことに生活圏のほとんどが海に面している。ぼくは山育ちなので、つねづね海の美しい街に住みたいと思っていた。温暖な気候、人びとは陽気で優しく、なんといってもあの表情豊かな大海。陸上の街や人や生活を超越して微動だにしない大海。観光地として有名なほど美しい海である。そして観光地として有名な街は、だいたいの人びとは外来人に優しいものだ。

賃貸物件を調べていると、どこの家賃も信じられないくらい安い。都内で1ルームを借りる値段で、リゾートマンションや一軒家が借りられる。12畳のリビングや2LDKが数万円で借りられるのがすごい。都内なら3~4倍はするし、郊外でも倍はするだろう。それだけ地域住民の収入が低いということなのだろうか。

住宅手当がかなり出るので、今住んでいる家賃三万円のアパートから大幅にランクアップすることができる。住宅環境は生活の要である。ぼくがまず欲しいのは、荘厳なテーブルと、重厚なソファ、機能的なイス、そしてアンティークな本棚であり、そのいずれもこの穴だらけのアパートには似合わない。(多くの神経過敏がそうであるように、ぼくはインテリアに凝りたいと思う。自宅は内的な秩序を保てる空間でなければならない)

若いくせに贅沢と思われようが、家具にはストーリーが必要だと思う、また良い家具というものは一生使えるものだ。ニトリやイケアのような大量生産の「クオリティ」の低い家具は、結局のところすぐ痛んで買い換えを迫られるし、じわじわと使用者の品格を下げるものだ。

それにしても一軒家が借りられるというのはいいかもしれない。マンションのような集合住宅には嫌悪感がある。あの細胞分裂的あるいはハチノス的な構造は気持ちが悪いし、ぼくは騒音にひどく敏感なので、いくら鉄筋コンクリートでも隣人が無神経な家族だとすべておじゃんである。しかし、ひとり暮らしで100平米の一軒家?と考えると自分でも笑ってしまう。ぼくは何をしたいのだ。でも、バカげた境遇が眼前に選択肢に浮かぶ自分に多少の満足を見いだす。意外と悪くない人生かもしれないな。



思うのは、なぜみな都内のせせこましいアパートを借りて、満員電車に詰め込まれるような生活を望むのかということである。仕事さえあれば田舎生活も悪くないはずだ。ぼくが「○○県へ就職するよ」と言うと、きっと後悔するよ、チャレンジャーだね、と言われる。ぼくからすれば、君らの方こそチャレンジャーなのだが……。

そうした人の生活を見てみると、交友関係が広く、また都会の生活に慣れきっているという印象がある。あるいは東京の生活に憧憬を抱いている様子である。対人的な関係を望むならたしかに東京はすばらしいところだ。交通のアクセスはいいし、大学を卒業してほとんどの同級生が都内近辺に住まうという。オシャレで個性的な若者が多く、刺激的な出会いに事欠かない、遊び場所にも困らない。すごい人、芸能人や有名人もたくさん住んでいる。そして文化の中心地である。

だが、ぼくが東京で得たものと言えば、愉快な友人や刺激的な出会いというよりは、書籍と音楽くらいのものだった。そしてオシャレなダイニングバーよりもマックのコーヒーを飲むような生活だった。金さえあれば、東京は魅力的なのかもしれないなあ、とは思うが……。

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