9.02.2014

クソみたいな作品を書いてしまった。

インドで出会った上智大の青年は、英語の発音がすばらしかった。

怪しいインド人が両替で詐欺紛いのことをすると、青年は途端にぶち切れて「You suck!」や「You shitty fucking asshole」などの流暢な英語で罵声を浴びせかけるのだった。「Fuck you」くらいしか侮蔑語を知らなかったぼくは軽いカルチャーショックを受けたものだった。

何が言いたいかと言うと昨日書いた短編小説、あれはまさにShitty fucking assholeである。書き上げたものが口や手よりも肛門に近いというのは不思議なことだ。朝起きて大変な間違いをしたと思って、一刻も早く消さなければと思ったが、別にいいやと怠惰な感情につつまれて残すことにした。

ダメだ、まともな作品が書けないのだ。ぜんぜんヘタクソだ。ヘタクソすぎて赤面する。ぼくは口ばかり大きな無能者である。偉そうなことばかり言って、現実には何もできない。ちょっといろいろ考えねばならないぞ……。

ぼくは確かに、自分に好きにさせてやろうと思った。ぼくの知ってる女もこういった、「三十歳まで好きにやればいい」と。直近にもこう言った。人にはそれぞれ役割があり、ぼくにとってはそれは読むことと、書くことなのだ……と。でも、何も、ねえ? Shittyな小説なんて書くのやめちまえよ、クソ。

東京芸大を出て二十年間芸術活動をして、結局アート活動を辞めてしまい、「普通のおばちゃん」になったという人がいる。大野佐紀子である。こうした人の人生は悲惨だろうか?案外そうではないと思う。
 振り返ってみると私は、「特別」な人で或る芸術家に憧れて美術を志し、ある意味"正統派"の破綻のない道を歩いてきた。作品がある程度評価され、ささやかながら理解者やファンに恵まれ、たまに小さな企画展に呼ばれ、毎年個展を開催する。アートに首までどっぷり浸かり、アーティストであることに何の疑問も持たずにきた私は、「アーティストでない自分」というものをついぞ想像したことがなかった。 
 しかし私は、「毎日作らないと生きていけない」タイプのアーティストではなかったし、生まれついての天才型アーティストでもなかった。そして職業アーティストにもなれなかった。そういう人は、自分から進んで入った場所でやれることがなくなったと思ったら、やめればいいのである。

まあ、いいだろう。三十歳までは自由にやれよ。続けるってことは大事なことだ。例えクソの習慣でも、歩み始めたんなら、最後まで……。ちくしょう、このコーヒー、洗剤の味がするじゃんよ。もうイヤだ。今日は学校へ行くのだ。

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