9.21.2014

丸山健二に対する感情

丸山健二という小説家の作品を読んだ。作品というか、「田舎暮らしに殺されない法」というエッセイなのだが。ブログとかツイッターも興味から見てみた。

彼の人格に強い共感を覚えるときもあれば、そうした自分を恥じることもある。とにかく強烈な人物である。


彼の容貌はまるで右翼活動家のように強烈だが、ツイッターの発言を見ると左翼家である。というか、文化人は基本左翼なのだろうが……。顔の造形は松本人志に似ている。峻厳な、創造家の顔つきである。

彼は「孤独のエキスパート」と言われている人物であるらしい。長野県の山間に住み、庭いじりをしながら小説を書いているのだと。23歳で芥川賞受賞。綿矢りさが同賞を19歳で受賞するまでは最年少受賞者だった。

生まれる時代さえ早ければ、彼は太宰治や三島由紀夫に匹敵する文豪だった、と言われている。……本当だろうか?本当かもしれない。三島由紀夫が現代に生まれていれば自衛隊に向かって叫び、自刃する必要もなかったのではないか。ツイッターで咆吼し、それなりにリツイートされれば満足してしまうものかもしれない?太宰も入水なんてせずとも?か。そうかしらん。

彼の作品や、ツイッターを見ていて感じるのはたまらない好意と嫌悪感である。それは彼があまりに人間らしく見えるからかもしれない。彼はまだ人間を失っていない人間である。ひたすらに野性の本能に従って生きている動物の獣臭がむせかえるほど強烈なように、彼もまたその人間臭を失っていない人物である。彼は小説家であるから、その人間臭さは書物やツイッターからも漂ってくる。

彼の著書、「まだ見ぬ書き手へ」を買った。自分のような人間が目指す先は、彼のような徹底した孤独人なのかもしれない。そう思うと、その道が恐ろしくも感じる。ぼくは彼のようにニューロティックに叫び続けるのだろうか。まあ、それは今やっていることだけど。それにしてもスキンヘッドはいやだなあ。
本物の光は漆黒の闇のなかでしか輝きません。
本物の感動は現実のおぞましさのなかでしか出会えません。
(「田舎暮らしに殺されない法」より)

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