9.25.2014

「人と違うことを怖れてはならない」

「人と違うことを怖れてはならない」

人と違うことを怖れてはならない。これは昔読んだビジネス書に書いてあったことである。あの当時は、それを読んで理解したつもりだった。

まだ何年も学生生活の残りがあった時期である。その言葉に感銘を受けたぼくは、変わったことをやってやろうと思った。しかし、せいぜい妙な資格の勉強をしたり、海外旅行に出かけるくらいで、相変わらず学生のままだった。「正規のルート」をぼくは歩んでいた。

人と違うことというのは、奇抜な服装をしたりピアスを開けることではない。「人と違うことを怖れてはならない」とは、学生の身に甘んじることではない。いざとなれば大学を中退して、何かの勉強に打ちこんだり、ベンチャービジネスを立ち上げたりという選択肢もあったはずだ。しかしそれほどの厳しい決断というのは、頭に浮かびさえしなかったのだ。

しかし今、実際に人と違う道を歩もうとしている。かなりイレギュラーな人生を歩もうとしている。その決断にずいぶんぼくは迷ってしまった。「東京」、温もりのある第二の故郷が恋しかった。大学のみなと同じように哀しみ、喜び、それを共有したい気持ちにかられた。見知らぬ土地へ飛びこんでいくのが怖かった。

しかし、「ひとと違うことを怖れない」ということは、孤独と、肌寒さを受け入れることなのだと思う。ぼくはこの言葉の意味を、些末なビジネス書に書かれた言葉の意味をまるで理解していなかったのだ。本当に「ひとと違う」ということは、奇抜な服装とは大違いだ。だれも同伴せず、だれも支援してくれない道を行くのだ。その荒れた道を進むには、強靱な精神力を要求される。ぼくは強い人間ではない。敏感で弱い人間だ。だから、この言葉を実践することは正直、怖い。怖いが、やらねばならないという妙な使命感だけがぼくを後押ししている。

いざ心を決めてしまうとそれが正しい決断のように思えてくる。見知らぬ土地で特殊な職業に就く。結局、そこまでしようという人はなかなかいない。故郷も離れたくないし、都会も離れたくないというのが人間だ。

ぼくはつねづね「アウトサイダー」であると自認してきた。今更、人肌恋しいなどと言ってはならないのだ。成功したら、それで良し。失敗もまた良し。行動せずに口だけで夢を語り、堡塁を築くことに人生を費やす小市民であってはならない。ぼくは自分で自分を投げだしてやらねばならない。恐ろしい方向にもどんどん行ってやろう。結局それが正しい道だ。

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