9.04.2014

CCCYYYAZ - 雑記

今日は一日座学をして、そして楽器を練習して帰った。久しぶりに早く帰ったので、途中マックでコーヒーを飲みつつニーチェを読む。ニーチェはやはり強烈に良いと思う。

ただ……昨今、読書に対する情熱も薄くなっている。かといって、現実世界に興味を持ったわけでもない。倦怠が襲ってきたのだ。悪い傾向だと思う。

今日は珍しくあの子に……夢の中と、講義中と、朝晩の登下校の間に、何度となく頭に浮かべる女子に会った。二言三言言葉を交わしただけだ。もう終わりということはわかっているのだ。相手にとってもそうだし、たぶん第三者から見ても明白な”終わり”なのだ。頭では理解しているのに、男という生き物は情けないもので、最後に好いた女をいつまでも好いている。

そして、別の女のラインを二週間くらい放置していたのだが、やっと返信した。今まで忙しかったふりをした。実際忙しかったが、いくら忙しくてもラインを返す時間くらいある。ようは、それほど好きじゃないのだ。好きの反対は嫌いではなく無関心~なんてバカな言葉があったが、あれはほんとだ。君はバカな女じゃないのだから、それくらいわかってくれよ。

ぼくは一方で女に捨てられ、一方で女を捨てている。何がしたいのだろう。

女といえばおもしろい話があった。マズローが調べたところによると二十人に一人、つまりある集団に5%はリーダー格となる「優位者」がいる。優位者は例えば小隊を率いるのに適した性格だ。こうした優位者は女にもいる。彼女たちは、「男をとっかえひっかえし」「マスターベーションを好み」「同性愛(レズ)の傾向がある」とのこと。逆に、低位のものは異性に安定を求め、性を不浄なものと毛嫌いするという……。

ぼくが付き合ってきた女達は、みんな「優位者」だ!あいつらみんな性欲強かったぞ。俺の手を陰部につけて腰振ってるような女たちだ。しかも、しょっちゅう同性にモテると言ってた。まあ、いまさらどうでもいいが……。下世話なことを言った。

ぼく自身は「優位者」ではないだろう。マズローがそうでなかったようにぼくも内気で内向的な低位者だろう。

話が散漫に飛ぶが、ぼくは昔から自分がどういう人間なのかわからなかった。学校という集団社会ではある程度グループ分けがなされる。大別すれば「大人しいグループ」と「活発なグループ」だ。このふたつは上下関係と言ってもいいかもしれない。だいたい、スポーツのできる冗談のうまい活発なグループが上位にたち、大人しいオタクっぽい奴らは下位だ。これはアメリカの学校でも同じなんだとか。

で、ぼくはどちらにも属さなかった。孤立していたわけではないが……。スポーツは苦手だったから上位グループの人間とも違うし、下位のグループの精彩のなさが嫌いだった。ぼくは上位グループの中堅どころと親友になって、そいつといつも一緒に行動するパターンが多かった。その傾向は今ではなくなって、大学ではだいたい一人で行動しているのだが……。

たしかに、スポーツ万能、快活な男性というのをぼくは必要としている気がする。ホモではないぞ。ただ、戸愚呂兄と戸愚呂弟のような……相補的な人間が必要なのだ。実際そういう人間と仲が良い。

だから何だというところだ。ぼくはいつまでこんなことを書き続けるのだろうか?ぼくは上手く書こうという気はないし、良く書こうという気もなし。ぼくが書き続けることに意味があるとは思えない。そして、何か創作しようにも、ぼくはあまりに稚拙であって……(悲しいくらいにだ)。ぼくは長い遺書を書いているのかもしれないな。過去を洗いざらい書き尽くして、それを息子に託す、みたいなね。まあ、息子ができるのか知らないが。

くだらない日記であるよりは、遺書である方がいい。その方がおもしろい。

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