10.14.2014

教養について

この二、三年になって急激に本を読むようになった。

ぼくはほとんど読書をしてこなかった。実家に置かれているマジメな本と言えば、せいぜい半分も読まれなかっただろうエミールくらいのもので、あとは筒井康隆とか、小松左京が多かった。そんな家庭だったので、ぼくは自然、筒井康隆などを好んで読むようになった(中二のときは当然太宰治も読んだが)。

それが、大学四年目くらいから本を読むようになった。マア、あのときは暇だったのだと思う。ある本をきっかけに読書にはまった。その本は「ビジネスマンの父から息子への三十通の手紙」というタイトルで、カナダのCEOが同じようにビジネスマンを志す息子に書いた手紙をまとめたものである。その中に、息子へのおすすめの書籍が書いてあり、V・E・フランクルや、エーリッヒ・フロムのような心理学者をぼくは知ることができた。そこからは芋づる式に、読書の深みに嵌まっていった。朝から晩まで読書していた。暇だったのだ。

そこから芸術にはまり近所の美術館に飛びこんだり、西洋音楽、ワグナーやベートーヴェンを聴くようになった。

こうしてぼくは「教養」を身につけた、と言うことができるだろう。まあ教養というとおこがましい気もするが、名著、名作に触れるということはやはり教養だろう。教養かぶれの自分は、どんどんめぼしい本に手を出した。愛すべき岩波文庫、ちくま学芸文庫が本棚を埋め尽くした。ゴッホやセザンヌのバカでかい画集も買った。

教養とは「リベラル・アーツ」という言葉が由来であり、リベラル・アーツとは古代ギリシャの自由人たちが身につけるべき学問なのだという。まあ、奴隷と自由人との話だから少し違うのだが、教養を得てぼくが実感することは、自由を得たということである。

というのも、ぼくはどんなにうら寂しい世界へ行っても、本と音楽さえあればやっていけるからである。例え会社を首になっても、友達がゼロになっても、「それならそれで読書に没頭できるなあ」とぼんやり考えることができる。もはや会社や他者に左右されないということは、まあ、自由なのだろう。独立独歩である。

ぼくが地方に就職することを伝えると、友人はこう言った、「フットワークが軽いね!鉄はツイッターもフェイスブックもやってないんだろう?寂しすぎないか?」と。それが、全然寂しくない。もともとコミュニケーションが苦手であり、好きではなかったせいかもしれないが、たまの交遊さえあればあとは本でも読んで過ごせばよいと思っている。だから、この東京に身を置いているときも、僻地にいるときも、ぼくの生活は変わることはないだろう。同じように本を読み、ブログを書いているだろう。

東京に縛られる人間は教養が足りていないとぼくは考える。彼は雑多な街道で、行き当たりばったりに何かを得ることを期待しているのだ。きらびやかな既成品しか彼の得るものはないだろう。本当の作品は彼を素通りするだろう。

シュヴァイツァーが水道も電気もないアフリカに医者として向かったときも、彼は同じようなことを言った。
不思議に聞こえるかもしれないが、教養ある者は、ない者にくらべて、原生林の生活に堪えやすい。なぜならば前者は後者の知らない慰めをもつからである。まじめな書を読むと、土人の不信や、動物の跳梁で終日戦い疲れた機会のような存在をやめてふたたび人間にかえる。いつも自分に返って新しい力をうる道を知らない人びとはわざわいなことだ!その人はアフリカの恐ろしい散文のような生活のために死ぬのである。(水と原生林のはざまで)
教養とは人間の最後の頼みの綱であるとぼくは思っている。

最近の人びとは読書をしないらしい。月に一冊も読まない人が全体の半分を占めるのだという。しかしそれも当然だと思う。本以外の娯楽が増えたからだ。娯楽が本しかなかった時代は過ぎた。かつては小説だけが娯楽だったから、小説を読むとバカになると言われていた。今ではテレビやニコニコ動画があるのだからそちらに流れる人が増える。読書は別に特別ではない。悪書も良書もあるのだから。下手な小説より「ラピュタ」を観た方がよっぽどいいこともある。

だらだら書いていたら時間がなくなった。学校へ行きます。

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