10.06.2014

あわ

老いるとは満足するということだ。丸みを持つことだ。

ぼくは何も持っていないという気がする。反対に、何でもできるという気もする。おそらく前者が正しいのではないか。ぼくは泡沫だ。生まれて、消えるだけ。

こんなブログでも読んでくれる人がいることが嬉しい。単純に、承認欲求が満たされる気がする。厳密には、ぼくは孤独に浸りきることができない。社会から離れることができない。だから、こうして内面を書いて、公開して慰められている。だから力強い創作とも無縁なのだ。こうして、ネットで適当に語ることが、ぼくに適度なしびれを与えて、それが全部台無しにする。

ぼくにどんな人生が可能だっただろうか。そして今からどんな人生が可能だろうか。ぼくは単なる泡となって消えてゆく。確かに、ぼくは鋭敏な神経を持っていた。これは天性のものだという自覚もある。本当に、これのお陰で苦しく辛い人生を歩んできた。ぼくの半生は、決して普通のものではなかったし、孤独で痛ましいものだった。だからこそ、美しいものを見ることもできた。音楽、絵画、文学、それらが全てぼくのために用意されたように感じた。

だが、ぼくには誠実さが欠けていた。ぼくは何かを生みだすにはあまりに忍耐が欠けていた。小説を書くにしても、一日だけ創作欲のままに書いて、それだけだ。推敲も何もしない。それで、公開してしまう。少しばかりのレビューがついて、それに満足している。
ダメだ。これじゃダメなんだよ。毎日数時間でもコツコツ書いて、丁寧に見直しして、孤独に、暗い作業に耐えなきゃいけない。クオリティの高い作品を仕上げなくてはいけない。

小学生のときは何時間でも漫画を書いていた。そして何百ページの大作を描き上げた。その思い出が原体験としてぼくの脳裏に焼き付いている。なぜあれほど漫画を書いていたのだろう。そしてなぜその忍耐強さがどこかへ行ってしまったのだろう。こうしてブログを書くこともなかったからだろうか。あのときは、生活の全てが漫画だった。

今漫画を描けないのは……たぶん、あまりに他の人と差がついてしまったからだろう。中学、高校と描き続けてきたひとと比べてぼくはヘタクソで……まともに顔も描けやしない。だから、だれにでもできる文学に逃げたというわけだ。

絵は好きだから今でもたまに人物画など描いたりする。6B, 4B, 2B, HBの鉛筆をそろえた。練り消しゴムも買った。上等なスケッチブックを買った。描いていると……本当に没入してしまって……幸福になる。幸福というか、全てがしっくりくる感じだ。自分が行為するのではなく、行為のなかに自分が沈むような。

好きなことはたぶん絵を描くことだ。でも、今更という感じだ。絵はコツコツ勉強しなければならない。そしてコツコツ描いてきた人間にぼくは勝ち目がない。

そう、大学に入ってからも好きだったことがあった。それは音楽で……本当に毎日何時間でも練習していた。部室に住んでるのか、と言われたこともある。あそこには幽霊がいる、と言われたこともある。だが、それが今更何になるだろう?ぼくの技術なんて屁みたいなもんだ。部内では確かに上手い部類だったが……。

それでも、ある後輩がきてから認識がかわった。両親がプロの音楽家であり……小学生のときから日本を代表する音楽家に習っていた彼は本当に上手かった。彼とぼくとではお話にならなかった。ぼくは彼に完全に打ちのめされてしまった。ぼくは井の中の蛙だったというわけだ。

この場で懺悔したいのだが……ぼくは何度嫉妬にかられて彼に卑劣な行為をしただろうか?先輩という立場を利用して、彼をいじめたのだ。そのせいかは知らないが、彼は大学を辞めて……音大に入り直し……学生生活とプロ活動を両立している……。

……

今でも楽器の練習は続けている。単なる惰性だ。ずっとひとりで練習しているし、他人に公開しようという気もない。評価されるのが怖いのかもしれない。他人の前で失敗するのがいやなのだろう。結局、臆病者なのだ、ぼくは。世の中に飛びこんで行くということができない。

漫画、音楽、そして小説も、全部が中途半端だ。今更ぼくにどんな道があるだろう。小銭を稼ぎ、堡塁を築き、ささやかなディレッタントとして一生を終えるのがお似合いだろうか。ぼくは何にも真剣になれず、何一つ大した仕事もできずに一生を終えるのだろうか。少しばかり音楽ができて、絵が描けて、つまらない短編を書けるだけの、ちっぽけな泡。

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