10.08.2014

「デミアン」のオルガン奏者

最近また日記を書くことにした。手書きの方の日記である。有名なスペインのメーカーのノートを買った。手書きの日記の方が落ち着くものだ。ノートには濃紺のペンで書くようにしている。ノート紙はベージュなことが多いので、青の方が合う。これもこだわりのひとつである。

八月までは細々と書いていたのだが、今日まで放置してしまっていた。机に向かうことが少なかったせいもある。日記がないと、どうも生活の質が落ちてしまうようである。無駄な一日、何も学ばなかった一日ができてしまう。無為に過ごす日ような空白が一日あっても、日記を書くことがなければなんとも思わないのである。その日一日、小さなことでも何かしら学ぶということが大切だ。

最近生活していて思うのは、自分の下品さであり、年も取り醜くなったということで、一応学生という身分ではあるのだがどうもキャンパスで肩身が狭い。無邪気にはしゃぐような元気な学生連中を見ていると自分とは違う生き物のように思えてくる。半年後には大学を出るのだ、と考えると少し気分が落ち着く。

また、ぼくはエリートコースを外れた人間であり、前途洋々の同級生を前にしてもやはり変な焦燥にかられる。別に恥じる必要もないのだが、明るい未来に希望を見る学生たちとも、自分は違うと感じる。就活前にはこんなこと感じる由もなかったが。

同級生たちを見ていると、女との醜悪な思い出が彷彿とされて不快だ。もはやすべて思い出にしてしまいたい。人間の優れた能力は忘却である。忘却の浄化作用によって、遠い過去であるほど美しくなる。もっとも精神に苦痛をあたえる拷問のひとつは、過去最悪の記憶を毎日見せられることだろう。人生にはどれだけ多くの惨めな失敗と、無情な別れがあることだろう。もう終わったことだというのにその都度思い起こされてはたまらない。

「ひとさえひとにとどまらぬ」という宮沢賢治の言葉を思い出す。これを思い出して力をつけるようにしている。愛別離苦なんてだれもが経験している。ぼくの女が寝取られたところで、彼女も間男もまた孤独なのだ。悲しい話である。

過去もなく未来もなく、というように生きたいが、過去はどこまでも追ってくるというのが本当だと思う。それでも逃げたいものである。過去はすでに血肉になってしまっている。忘却はあくまで形式的である。どれだけ忘却の海に深く沈めても、ふとした拍子に思い出すこともあれば、無意識的に過去のトラウマを避けるように行動していたりする。人間の精神は厄介なものだと思う。

いよいよ深い孤独に突き落とされている気分だ。ぼくにとって救いは、少数の友人と、音楽くらいのものである。ハチャトゥリアンの「ワルツ」や、サティの「ジムノペディ」、メンデルス・ゾーンの「賛歌」。こういう音楽を耳栓型のイヤホンで聴く。そうすると、現実に少しは希望が見えてくる。現実に少しの秩序が彩られる。美しい音楽に触れていないと精神の均衡が保てないのだから、ぼくも弱い人間だ。

わたしはいつでも、何か美しく神聖だと感じられるものに、とりまかれていないとだめなのだ――オルガン音楽とか神秘とか、象徴とか神話とか言うものにね。わたしはそれが必要だし、それをすてようとは思わない。――これがわたしの弱点なんだよ。だってわたしはね、ときどきわかることがあるんだ、ジンクレエル、たまにはわかっているんだもの――こんな望みをおこしてはいけない、それはぜいたくだ、弱さだ、ということがね。(「デミアン」/ヘッセ)

人がモーツァルトを好むのは、それが遠く過去の芸術だからだ。おそらく現代にモーツァルト音楽が生まれていれば、彼はその価値を認めないだろう。

この世の中で、ほんとうにむずかしいのは、このことだけなんだよ。そうまでまるはだかで、ひとりぼっちでいることは、わたしにはできないのだ。

美しい音楽に慰められていると、いつもこのオルガン奏者の言葉を思い出してしまう。

もう運命だけしか望まない人は、手本も理想ももたない。なにひとつしたしいものも、なぐさめになるようなものも、もってはいないのだよ。そうしてほんとうを言えば、人はこの道を行かなければならないわけさ。

もはやエリック・サティも、ヘルマン・ヘッセもなく……セザンヌも、ヴラマンクもなく……ぼくは生きていかなければならないのか。本当に「生きる」というのであれば、そうでなければならないのか。人生とは峻酷なものだ。

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