11.29.2014

断酒について

酒神ほど強力なものがあろうか。これほど美しく、空想的で、熱情的で、陽気で、憂鬱なものがあろうか。酒神は英雄で魔術師だ。誘惑者で、愛の神の兄弟だ。彼には不可能なことができる。貧しい人間の心を、美しい不思議な詞をもって満たす。彼は、私という孤独な百姓を王さまに、詩人に、賢者にした。からっぽになった生命の小舟に、新しい運命を積み、難破したものを大きな生命の奔流の中へ押し戻してくれる。(「郷愁」ヘッセ)

酒を一週間ほど辞めているのだが、非常に体調がいい。どうも肉体の健康というよりも、精神的な健康の方が改善されたようだ。妙に多幸感がある。ぼくは幸福というものを信用していないので、これは少し気持ち悪い。

これまでは一日ビール一リットルくらいは飲んでいた。さすがに金がかかって仕方ないし、寝起きの気分が悪く、記憶力や判断力など全般的な思考の障害が気になるし、酔った状態ではバイクでコンビニへ行くこともできないのでよろしくない。

あるクリニックのサイトを見ていると、こんな文言があった。
「私達は、診察の際に病歴をとる際に、結婚当時の飲酒癖を奥さんから聴取しますが、アルコール依存症になる人は、25歳~27歳で晩酌のくせがあった人が圧倒的に多いのです。」(アルコール依存症の回復のために
これはまさにぼくであって、このままでは依存症になってしまう。

それで酒を一旦辞めてみた。

考えてみれば、二十歳(いやそれ以前)から飲まない週というものはなかった。本当になかった。センター試験の前日も飲んでいた記憶がある。だからこれは個人的に革新的なことなのである。


なぜ酒を辞められないのか

酒という奴は厄介な存在だと思っている。

だいいち、ぼくらの身体には酒を欲するようにできている。

酒と人間の関係は古い。あまりにも古い。糖分さえあれば酒は勝手にできるのだから考えてみると当然だが、紀元前3000年頃のメソポタミア文明にはすでにワインがあったとされる。だから、合法ハーブがどうのと騒いでいるが、酒の害についてはまるで取りざたされないのは歴史的背景もあるのである。

また、ロビー活動の賜物か知らないが、アルコール類のテレビCMをばんばん打ち出している。健康そうな男女が、うまそうな料理でごくごくと酒を飲んでいる情景がテレビで流れている。酒はおいしい!酒は楽しい!酒はかっこいい!ぼくらは子どものうちからこんな風にすりこまれるのだ。外国からしてみれば犯罪的な広告に見えるらしい。確かにこんなものを許容していれば、アル中は増える一方である。

さらに、アル中は遺伝する。ぼくの両親はひどい酒飲みだった。だから当然、ぼくも渇酒の人生が運命づけられているというわけだ。

ヘミングウェイやフィッツジェラルドが酒を飲んだのは、想像力に富んでいたからでもなければ、阻害されていたからでも、精神的に弱かったからでもない。アル中というのは、飲むようにできているのである。(「書くことについて」スティーブン・キング)

最近は減っているようだが、「飲み会」というのもアル中製造の機会だ。日本人は何かあるたびに酒を飲んで騒がなければ気が済まないらしい。しかも痛飲する。意識を失うまで飲み続ける。これも外国人から見れば奇異らしい。「無礼講」としてらんちき騒ぎをするのは、それだけ日本人が普段抑圧されているということの裏返しだろう。

こうした風習が何を生みだすかと言えば、晩酌の習慣である。例えば試験が終わったから飲む、仕事で一段落したから飲む、という風に、プライベートな生活空間に酒が浸潤してくるのだ。しまいにはどういうことになるか?ぼくらにははっきりわかっているはずである。つまり何かと理由をつけて、毎晩飲むようになってしまう。

「今日は嫌なことがあったから飲もう」これはまだ、いい。しかし、「今日は嬉しいことがあったから飲もう」となると、危ない。さらに重度になると、「今日は何もなくてつまらなかったから飲もう」となる。結果として、毎晩飲む依存症のできあがりである。

どうやって酒をやめるか

酒を辞めるにはテクニックがあるようだ。個人的には、

  • 代替のノンアルコールビール、あるいは炭酸飲料を飲むこと
  • 浮いた酒代で豪華なものを食べること
  • 夜はさっさと寝てしまうこと

という方法があると思う。

酒代が浮いたので、ぼくの晩飯は二倍くらい豪華になった。例えばいままでは白菜と豆腐の水炊きだったのだが、そこに鶏肉が入るようになった。ほんとうにありがたいことであり、酒をやめてよかったと思うことができる。

夜はどうしても気が緩む。ひとり暮らしでは寂しい時間であり、酒を飲みたくなってしまう。だからさっさと寝てしまう。アルコール中毒では、夜眠れないからという理由で飲んでしまう人が多い。しかし酒は一時的に入眠作用があるとしても、そのあとの睡眠は浅くなり、質の悪い睡眠となってしまう。だから酒を飲むのは逆効果だ。

かといって、寝付けないということもあるだろう。あまり勧められたものではないが、そういう人は入眠障害と診断することもできるので、心療内科にいって睡眠薬を貰うといいとぼくは思う。

ある中年男性がハルシオンを毎晩服用している。彼はかつてアル中だったのだが、彼曰く、「酒よりも身体にいいし、安いし、こっちの方が絶対いいよ。」とのこと。ただ睡眠薬も副作用がある。中枢神経に効く薬なので、長期服用は並の医薬品より怖いイメージがある。まあ生活のリズムをつくるためには効果的だと思う。

ところで、アルコールを常飲している人は酒の代謝産物である酢酸を、脳が栄養源として取り込んでいる場合があり、そのため酒を辞めた途端、脳がエネルギー不足状態となり軽度の脳萎縮が起こる可能性があるという(あまりエビデンスレベルは高くないようだが)。

酒を絶つときは、予防的に酢を飲むと痴呆を防げるかもしれない。 酢は料理でもいいし、リンゴ酢などから摂ってもいいと思う。

 大学時代に酒豪のクラスメートがいたが、彼はよく酢を飲んでいた。彼の机には酢の瓶がいつも置いてあり、コップについではガブガブと飲んでいた。彼が言うには、酢がすごくうまいのだという。しかも酢を飲むと集中力が高まり勉強がはかどるのだという(そんなことあるかいな)。

 しかし、この謎が30年以上も経ってようやく解けたのであった。アルコールを飲み続けると、脳の神経細胞はアルコールの代謝産物である酢酸ばかりをエネルギー源として利用するように変化してしまうという論文が出たのである。彼は、ブトウ糖よりも酢酸を好んで消費するようになった脳の命令に従って、昼間から脳のエネルギー源として酢を好んで飲んでいたのだ。今、ようやくクラスメートの謎が解けたのであった。(場末P科病院の精神科医のblog

というわけで、今のところ断酒は成功している。

こうして記事を書いてみたものの、たぶんまた酒を飲んでしまうだろう。酒神からは逃れられない、という気がしている。

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