11.10.2014

労働だいすき

四月から学生ではないのだ。

ぼくは労働という点で無能である。これは数々のバイト経験が示唆することで、ぼくは無意識的に仕事をするということができない。狭い店内で、他者の存在があるなかで、慣れた運動をすること、また客の前で店員という奉仕者になりきること、これができない。さらに悪いことには、同僚たちと親しくうちとけた雑談をすることができない。もっともぼくは人並み以上に努力をしたのだ。しかし、そのたびに適性に欠け、欠陥がある労働ロボットであることを自覚させられた。

このために、優秀なロボット諸氏には見下され、労働監督者には「力はあっても頭脳は足りんなあ」なんてバカにされたりした。ぼくは笑った。自分の無能さをさらけだすよりは道化という仮面をつけたいと思った。結局、いちばんぼくに向いた労働は「ピザ宅配」で、その理由はいつでも外界に逃避できるからだった。

ぼくには労働は向いていない。大部分の人は向いているのだが。「狂気の歴史」によれば、中世ヨーロッパで精神病院(というか収容施設)に送りこまれたのは狂人だけではなかった。売春婦や浮浪者などの、「労働ができない人間」は一緒くたに詰め込まれた。精神欠陥は社会的無能を示すものであるし、社会的無能は精神欠陥を示すものだった。ぼくの精神のある種の欠陥と過剰は、労働の無能とつながっている。

が、まあ働かなくてはならないだろう。大学の研究活動では、ぼくは確かに無能だったのだが、そこそこの成果をあげた。というのもほとんど完全に個人が支配する仕事だったからであり、自由であり、進展が目に見える仕事だったからだろう。他者の不在性と、創造性のある仕事であり、ぼくには向いていた。……ひとまず、田舎に出向して強制労働だ。音楽と本があれば寂しくない。

世の中には、直線的に生きる人と円を描いて生きる人がいるという気がする。だれかは後者を再生産者と名付けたが。再生産者たちに「憧れる人はだれ?」と聞くと、「父親」と答えることが多い。彼らはまさに、父親の辿った道をなぞっていく。田舎の人間に多いのだが(田畑は循環の象徴である)、都市部でも珍しくない。一流企業の部長とか、政治家や医者の息子は父親に憧れを持つ。彼らの人生目的は「維持」「存続」「継承」であり、それなりに崇高な使命だ。

ぼくは直線的に生きる人だろう。というのも、父親に対して他者以上の感情を持つことができないからだ。また、兄弟たちのように我慢強く労働に甘んじるということができない。ぼくはあてもなく放浪し、突飛な仕事をして生きていくだろう。

これはぼくが特別に無能というよりは、甘やかされた末っ子だからかもしれない。「末っ子クズ説」というワードがぼくの研究室で流行っている。末っ子はどうも「ダメな」人が多い。仕事は不完全だし、ミスが多い。しかし妙な愛嬌があるので憎めない。仕事ができないことを指摘されても、素直にそれを認める。妙に吹っ切れている。

仕事ができないことが「不幸」なのだろうか。現代では必ずしもそうではないという気がする。日本の労働環境は悪い。最悪と言ってもいいかもしれない。そのような状況で、労働に必要以上の義務感をもったり、楽しみを持ってしまうと、足元をすくわれることになりかねない。多くの人間が労働によって殺されているが、社会変革は行われない。

ブラジルでは学生四十人が無残にも殺され、抗議デモが起きている。日本でいくら過労死、自殺者が出たところで、ぼくらは声を挙げない。電車に轢かれて死ぬ人は「落伍者」なのであり、「負けた」のだ。彼らが肉塊になるたびにぼくらはほくそ笑む。負けた奴がいるとすれば俺は勝ったのだと。そのようにして社会は安定化する。

そろそろ学校に行かなくてはいけない時間だ。中身のないことばかり書いたので、最後におもしろい記事を引用したい。
学年のはじめに生徒が自分で選んだ席は、重要な社会心理学的意味を持つ。たとえば、学年のはじめには、次のような生徒が、一番後部の席に”たまたま”坐ってしまうことがある。留年性である父親のない一人っ子、母親のない一人っ子、きわめて不適応な状態にある精神的な問題児、学校生活から逃避の傾向が強い生徒、他の学校から転学してきた年長の生徒、二十歳、二十一歳になっても留年している生徒である。(「人間の空間」R・ソマー)

ぼくも「後ろ組」 でした。

0 件のコメント:

コメントを投稿