11.23.2014

酒と老い

最近酒を飲んで酔い潰れることが多い。おかげで明白に頭が悪くなった。酒のせいというよりも、ストレスのせいかもしれない。強力なストレスにかられると、思考は鈍麻するようにできている。そのストレス源は明白なのだが、今の段階でどうにかできることではない。

ここ数日、大してひとと話すこともなく、孤独に作業することが多いので思考がまとまらない。昔だってずいぶん孤独に行動していたのだから、いまさら何を言っているのか、というところだが、昔の孤独と今の孤独では質的な違いを感じる。

昔の孤独は、すぐに社会に戻れる準備ができていた。それは子どもが部屋にひとりで取り残されても、数分、数時間で「母親が戻ってくる」と確信している状態に似ている。今は孤独に陥ると、ほんとうの意味で孤独である。命綱などない。昔は孤独の中に遊びにいくことができた。今は孤独の中が住処になってしまった。

社会との接点がないので、思考が思う存分解体する。その気になれば、バッドトリップのような気分にもなれる。

(ツーンという耳鳴り。視野狭窄)
「もしかして……?いや、そうだ。大変だ、俺の心臓が動いてない!いや、脈が速すぎる!止まってしまった!……おい、俺は息をしているか?」
起きろ! と念じると思考が統合されて、変な焦燥はなくなる。

話がそれた。ようは子どもじみた孤独から、老人的な孤独に移ったように思うのだ。事実、最近は自分がたいへん老いたように思う。体力が弱っているせいかもしれないが……。

スーパーに行ったときなどに、「自分は還暦を越えた孤独な老人なのだ」と妄想すると、意外と楽しい遊びになる。自分には未来がない。果たすべき仕事もない。友人はない。愛するものもない。ただ、スーパーへ行って、飯を買うだけが楽しみな孤独な老人。金はある。時間もあるのだが、その使い道を知らない。だれも自分を見ない。なぜなら私はどこにでもいる老人だからだ。二十年後には死んでいるか、ボケている。だれもかれもが私を無視する。テレビを見て、寝るだけの日々……。


なんか久しぶりに書くとダメだな。こういう日記というものは、やや睡眠不足の状態で起きて、半覚醒のときに書くに限る。ぼくの場合は、朝起きて五分以内に書き始める。朝起きて、小便をして、コーヒーを沸かして、そこから一時間ばかしブログを更新する。そしてさっさと学校へ行ってしまう。こうすると、あとあと消すこともない、しゃきっとした文章が書ける。

今日は寝過ぎた。脳みそが十分覚醒してしまうと、ダメなのだ。書いては消し書いては消しを繰り返してしまう。脳=理性が邪魔をするということがありうる。現代では脳科学が新しい宗教になっているが、ぼくはどちらかといえば「脳は情報削減装置である」と説いた、ラディカルな心理学者を支持したい。

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