11.17.2014

「知性化」 あまりに青年期的な

自分のここ数年分の言動を振り返ってみると、フロイトの言う「防衛機制」がはたらいていたように思う。防衛機制にもいろいろあるが、ぼくにもっとも当てはまるのは「知性化」である。
知性化intellectualization
[[防衛機制]]の一つ。本能・衝動をコントロールするために,情緒的な問題を抽象的に論じたり,過度に知的な活動によって覆い隠すようなこと。青年期に顕著にみられ,この時期の性欲や攻撃性の高まりをかわすために哲学や宗教に没頭するといったことは典型的な例である。
これがまるで自分のことなので笑ってしまった。まさしくぼくの今の関心は哲学と宗教である。直近の記事においても、子ども染みた知性礼賛を行っているので読んで笑ってほしい(知識について)。

自分を知ろうというときに、このブログでもそうなのだが、ぼくは精神医学や心理学に頼ろうとしている。これは本質から遠ざかっている、と言えるだろう。本当に必要なことは、ありのままの、生身の自分を見つめることである。しかしぼくは繊細(≒未成熟)な精神の持ち主なので、見つめる方の主体も、見つめられる客体としての自己も、その行為には耐えられそうにない。だから、精神医学や心理学に頼る。自分をそういった緩衝剤を介して見る。そうした一連の思考プロセスが、このブログ全体から透けてみえる。

たとえばぼくが飲み会でとんでもない暴言を吐いてしまったとする。あとあとぼくはこう思う。「あの発言は単なる言葉の間違いというよりは、抑圧された深層心理の表出だと解釈した方がリーズナブルだ。その心理は幼少期の父親との関係におけるトーテミズム的な葛藤と離乳期の喪失体験から生まれたものである、云々」。……そんな解釈は必要はないのだ。成熟した人間は、「アホだったなあ」と笑って済ませるだろう。だれにでも失敗はあるのだから。

メタっぽいが、この「知性化についての記事」も知性化の例となる。”いんてれくちゃらいぜえしょん”なんて言葉はいらないんだ、本当は。ぼくは甘ちゃんなんですーと言えばよろしい。客体としてのぼくも、よし、こいつは甘ちゃんだ、と認めればよろしい。しかしそれがなかなかできない。このように書くことができるのだから、ぼくは一歩前進できているようにも思うのだが、実感としては案外そうでもなく、難しい。

ぼくはこの「知性化」そのものの行動をしていた。「青年期に顕著に見られる」ような、典型的な思考のドツボに嵌まっていたのである。しかし、この事実もなかなか受け入れがたいものだ。このことに気づく一方で、自分は典型ではない、特別な人間だと思いたい、という幼児的願望がぼくを支配している。率直に言えば、「ぼくは人一倍これまで苦しんできたのだから、普通であってはならない。それでは収支計算が合わない」という気持ちがある。いじめられっ子は、いじめられたことにも価値を求めるものだ。これも一種の防衛機制だろうが。

実際のところ、どうなのだろうか。自分がもはや特別ではなく、凡庸な小市民だと思うこと、これが成熟なのだろうか。この疑問には簡単に答えられないだろう。もしも現代にドフトエフスキーがいたとして、現代医療によって彼のてんかん発作を治療したら作品は生まれなくなるかもしれない。それが人類にとって良いことかわからないし、ドフトエフスキー自身にとって良いことかも微妙なところだ。

ただ、大部分の人間が凡庸な小市民として生きていくのが世の中である。サッカー選手を目指していた人のほとんどは夢を諦める。だから確率的には「俺はその辺のおっさんと変わることはないさ。仕事をして家族を養って幸せに生きていくんだ。」と宣言してしまった方が、多くの人間にとって利益になる。しかし一方で、ひとりの潜在的な天才が死んでしまう、ということもあるだろう。

実際に、「知性化」はけっこう高次の防衛機制であって、肯定的な側面もあり一概に否定できるものではないようだ。だれにとっても、知識を身につけることは善いことだろう。

同じ防衛機制でも、成熟した人間のものと、心理的に幼児的な人間のものがあるようである。防衛機制でもっとも代表的なものは「すっぱいブドウ」の「合理化」だが、Vaillantの分類によると、より成熟したものとして「利他主義」や「昇華」の他、「ユーモア」なんてものもある(これらのワードについての詳細はこちら)。人が困難に陥ったとき、防衛機制は自然とはたらくものであるから、成熟した防衛機制を身につけることが大事だろう。

ところで気になるのは「知性化は青年期に顕著である」ということである。この「青年期」とはいったい何歳から何歳なのか。調べると、エリクソンによれば「13歳から19歳頃」、発達心理学では「14、15歳~24、25歳までの性的成熟・身体変化を伴う時期」なのだという。げえっ。早い。全共闘の大学生がマルクスを読むようなものか。ぼくは25才だから、ぎりぎりセーフと思いたい。

まあ、大人の階段を昇っているということか。この年でねえ。



今日は朝からお腹が痛かったので学校を休み、一日精神科医のブログを読んでいた。

場末P科病院の精神科医のblog

筆者は勤務医の方なのだが、本当に勉強熱心で、公明正大であり、立派な先生だと思う。内容もとてもおもしろく、質、量ともに無償公開するのがもったいないくらいで、あっという間に一日が潰れてしまった。精神医学に興味のある方におすすめです。
ちなみにこのブログの影響で魚油のサプリを買った。

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