11.19.2014

rambling thoughts

案外、俗世界に入り込んでしまえば何とかなるものだと思う。

ぼくが小学生の頃は、この世を呪った。他者に嫌われることががまんならなかった。だからぼくは神様に向かって、何百回もこう唱えた。「人付き合いをよくしてください」。学校から家までの間の二十分近く、ずっと念じ続ければ叶うものと信じていた。

結果としては、ぼくの人付き合いはまるでよくならなかった。中学くらいのときは、妙な神経症を発症して、ますます人から嫌われた。少し人と違うだけで排斥されるおそろしい年齢期である。ぼくの神経症は人生を一気にどん底に突き落とした。

そんなわけで、暗い中学世代を送ったあとはオートマティックに暗い高校時代を送らねばならなかった。まあ、友人はいた。ぼくはなぜかいつも、一人の親友を持っていた。ぼくと正反対の人間だ。明るく育ちがよかったり、運動ができて腕っ節がよかったり。ぼくを嫌う生徒と、ぼくを好く少数の生徒とで、不思議な均衡が保たれていた。

それでも、ぼくの暗い生活というのは、だれとも共有できない、極めて個人的な悩みの中にあった。神経症といってもいろいろあって、ぼくと同じ神経症のひとはほとんどいない。でも、ネットというツールのおかげでぼくと同じことに悩む人を知ることができた。

本当に、これは、救いだった。ネットがなかったら、ぼくは死んでいただろう。ぼくは数年の間、同じ病気の人びとと掲示板を通じて接した。大学に入ったあと、東京で彼らとオフ会をしたこともある。ぼくは生まれて初めて、自分以外の他人に自分の症状のことを打ちあけることができた。発症して八年目くらいだったと思う。

結局、神経症は今でも治っていないのだが。が、まあこれはいい。何を言いたいのだったかな?そう、ぼくは大して嫌われていないということだった。ただ生きる、というだけなら十分、やっていけるようになった。人並みの幸福を見つけて、小さな居場所を築いて生きていくこと。「ささやかな家庭」。

ぼくは少し成熟したのだと思う。これまでは、人と対等の関係を築くにも精一杯だった。それが、やっと他人に認められるようになってきた。ぼくが変わったというよりは、周りが変質したのかもしれない。一辺倒の「リア充」よりも、ぼくのような変人の方がおもしろく、おまけに希少だということに気づいたのかもしれない。まあおかげでぼくはなんとか小さな幸福を見つけて、生きていけるという気がしている。

それがいいのか、悪いのか?というのは別にする。つねづね、幸福に耽溺するのは悪だ、というのがぼくの教条だったのだから。弱者の倫理だろうか。まあ、弱者も強者も、異端であることに変わりはない。今日くらいは、ささやかな幸福に安住したいのだ。

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