12.23.2014

あらゆる価値の転倒

万人が讃えるものに価値はない。

AKB、ジャニーズ、神社、町内会、大企業、学校教育、宗教、東京も、資本主義も、価値がない。すべて大衆の群がるところに価値はない。こうしたことに気づく人間が、ぼくの周りでは多い。

あらゆる価値の転倒が起きようとしている。

311の地震の揺りうごかしが効いているのだと思う。日本人は、たしかに地震のことを忘れつつある。というか、忘れてしまうように日本の権力者層が全力を尽くした。マスコミの押しつけた「絆」も有効なカンフル剤だった。おかげで、日本人は放射能の健康被害を受けたことさえも忘れたようだ。

しかし、日本人の潜在意識にははっきりと傷が残っている。地震に揺りうごかされたすべての国民の潜在意識に共通する傷。支配者に裏切られたひとびとの傷。大きい傷も小さな傷もあるが、あわせれば、あまりにも巨大な傷だ。この傷は、表面をなでつけただけで治るものではない。たしかに、三年間は無事に乗りこえたようだ。しかしこれからは、どうなるだろう。

潜在意識の傷は人間の行動を微妙にかえてゆく。今まで当たり前のように過ごしてきた日常のなかで、「I would prefer not to:これはあまりしたくない」という感情が芽生える。いままで価値があるとしてきたものに、疑問をもちはじめる。日常を遠巻きに観察しはじめる。

大衆が智慧をもちはじめている。権力者がもっとも畏れることが起きている。「絆:きずな」という言葉によって、ひとびとは「傷はない」と思うようになった。そして「気づくな」という権力者たちの命令に、暗黙のうちに従わされた。

気づく。多くの日本人がこれから気づき始めるだろう。小さな気づき、大きな気づきがあるだろう。それらが日本人の心を呪縛から解き放つだろう。そうして、価値の転倒はやがて巨大な流れになる。

そのときに、日本人は本当の幸福と自由を、得ることができるとぼくは信じる。

ところで、絆の語源を調べるとこのように書いてあった。

「家畜が逃げないように繋ぎとめておく綱」



ぼくの目標は、当初から変わらず、世界を変えることである。しかし、ぼくなんかが微力な力で貢献しなくとも、日本人は変わりつつある。遅いか早いかの違いだけだろう。

社会は変わらなければならない。また、変わることを望んでいる。

各々の小さな「気づき」の変化が、巨大な力になる。このダイナミズムの前では、政治は力を持たず、警察権力も無力だ。これこそ真の民主主義だろう。真の統治だろう。

民衆レベルで価値の転倒が起きる。ニーチェも予想ができなかったことが起きようとしている。だれも地震には勝てない。



Evening in the Studio 1993 Lucien Freud

大衆は肥やされ 惰眠をむさぼる

権力者は やせっぽちの犬

知識人は 無関心

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