12.27.2014

ゆわゆわ

この世の常識とか、公理だとか、そういったものを離れてみると、やはりずいぶん寂しく、孤独なのである。

ぼくの周りにそういう人はいない。いたとしても、他者の前では愚鈍な振りをするものだろう。強者はつねに離れることを望む、と。

ネットにはいる。書物にはいる。社会から遠く離れいったひと。ネットのある人物は、その辺の書物よりも革新的な仕事を成し遂げている。たぶんのちのちに名前が残るんじゃないかな。

そういう業績っていうのはだれかが吸い上げてしまうものかもしれない。彼は確かにすごいことをしているのだが、その作品は歪なのだ。完成されていない。ひとびとに広く知られるためには、洗練される工程が必要だ。そして、洗練した人が、もっとも評価されるのだろう。

まあ世の中ってのはそういうものなわけでね。まとめブログとか、NAVERまとめとか……ああいうのが時代の象徴。

手元にある石ころを組み合わせて遊ぶことしかしない貧困。

ひとは何の影響も受けずにはいられない。自分本来のルーツが何を叫んでいるか聞こうともしないものだ。

ぼくらはすべてを知覚している。地球の裏側でなにが起きているか、銀河の外側で隕石が衝突したとか、知ることができる。ところが、知ろうとしないのが大部分のひとだ。実際のところ、どうでもいい。テレビでも見ている方がましだ……。それはごもっともだ。


知識は外から与えられるものだという誤った認識もある。

実際のところ、外から与えられた知識はだれかに返さなくてはならない。日本史とか国語を教えるのは善意ではない。社会のためにきちっと働くために教えるもの。

だから、ぼくらは労働を美徳と感じている。それは借りた物を返す過程だからだ。しかし、一方的に押しつけられた負債なのだけど。

そういえば、ドイツの教育では、小、中、高校生は授業がすべて午前中で終わると聞いて、羨ましくなった。学校+塾で二十二時帰宅の日本とは大違いだなあ……。

心の最奥は、もっと優れたものを与えてくれる。当然、借用書なんてない。というか、この世に約束事なんてないのだ、ということを教えることも心の最奥さんである。

実は約束事こそ、この世の悪の根源だと……。人間を縛りつけ、離れられなくする、権力の構成元素だと……いうお話がある。

誠実さ、とはまず他者に対しての、自己に対しての誠実さである、借用書や法律のような、呪縛に対して誠実であることではないのである。

だから、安全が確認できたら、赤信号を進みましょう。時間の無駄。だいたい不要なところに信号が多すぎるのだから。(というと、盛んに非難してくる奴がいて、バカかこいつは、と思ってしまう)

人間と人間を介在するいろんなものは、邪魔な物でしかない。金もそのひとつだ。


話が飛ぶけど、安部ちゃんの言う「トリクルダウン」ってクソだなあと思う。トリクルダウンってのは、経済の上層部が豊かになれば、勝手に庶民層も豊かになるって考え。

実際に起こること

日本のように、上層と下層が断絶している社会では上層の富は降りてこないよ。経営者が肥えるだけだよ。まともに雇用が流動していて、市場が自由で、労働法が守られている国なら、トリクルダウンもありうるだろうけど。

まあ、そんなことはだれでもわかる。安部ちゃんもわかるさ。結局、総理大臣は官僚の言いなりっていうことは明白なのだから、よしよし聞いてあげるよートリクルダウン?すごいねーって言うしかないんだろうけど。

だから、官僚の言うとおりになる振りをして、裏の裏をかくっていう戦術が、総理大臣に必要なんだろう。そうなると、国民の目からすると、何やってんのこいつ?となるのは明白で、だから支持率がどんどん下がっていくと。


ゆたかな国ってのを考えてみると、小学生みたいな意見だけど、みんながニコニコ笑っている国ってのがゆたかな国なんだと思う。まあ朝の中央線乗ってみればわかるけど、ニコニコしている人なんて皆無だ。ニコニコしているのは小学生くらいで、そういう子どもも数十年すれば、人生に恨みしかないようなサラリーマンになってしまう。

海外旅行行くとわかるけど、みんな笑顔がステキだ。身なりは粗末で、こいつら金もってないんだろうなーとは思うけど、電車が「八時間」遅れても別に文句言わないし、市役所が勝手に閉まってても大丈夫。モーマンタイ、マイペンライ。

にこにこだらだら過ごしてる。電車の席の連中で、トランプ始めたりする。ああ、こういう生き方もあるんだなあと思う。

なにが言いたいのかよくわからんなあ。今日は風邪であたまがゆわゆわするので、そんな調子で書いた。

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