12.14.2014

三年目の雑記

気づいたら、このブログもはじめて三年経つのか。

三歳になった。

ずいぶん長いこと書いたものだと思う。もっとも、最初の一年はほとんど書いてないのだけど。今年は現時点で326件の記事を書いたことになる。異常だ。自分でも怖い。一種のチックに似たものではないかと思う。

このブログはほとんど人に読まれることを想定していない。想定していないが、公開している以上はアクセス数が気になるのでチェックしている。

ほんと、だれも来ていない。



毎日更新するブログにしては、びっくりするほどひとが来ていないのだが、なかには継続的に読んでくださる方もいるようで、なんて辛抱強いんだろうと感服する。

ぼくは衆人の目に慣れていない。だれかの視線を感じただけでまともな仕事ができなくなる。ましてやプレゼンの発表など、パニック発作が起きかねないくらい嫌いだ。だから、人がこないことも良い方で作用している。これくらいがちょうどいい。


ところで、書き続けることによって、一年前とはだいぶ態度が変わったと思う。

一年前の十二月十四日、ぼくは何を考えていたのだろうか?

就活の時期か。

大学で長く個人主義的生活をしてきたため、どうもチームで何かを行うとか、他者と競うとか、部屋に押し込めて順番着けられるような感覚に慣れない。他の人は当たり前のようにこなしているのだけど、僕は気持ち悪くてしかたなかった。社風が合わなかったということもあるだろうが・・・。
まあこれが社会に飛び込むってことなのかな。就活が終わる頃には僕もつるつるした原子のような人間になってるのだろうか。
帰りのウォールデンがすごく身にしみた。ひとまず、僕は就活を乗り越えるだろう。しかし、その先を考えると、大きく方向転換した方が良い気もしてくる。
ああ、意外と変わらないな。

お前は就活に失敗するのだぞ。残念ながら期待するようなつるつる原子さんにはなれていない。まあ大企業なんて向いていないことは明らかだから、正解なのだが。

一月くらいになると、生活の過剰なストレスに襲われて病んでくる。あのときは最悪だった。

その前の年は何を書いていたのだったか。げっ。読む価値もないようなクソ記事だな。(哲学の読み方~西田哲学と格闘中。)唾を吐きたくなるぜ。この記事は、百人超が読んだようである。ひとりひとりに謝罪したい気分だ。

過去の浮ついたゴミのようなクソ記事たちをどうしようかと考えているのだが、暫定的に残す方向で考えている。クソみたいだった過去の自分のような人間が共感するかもしれないからだ。

が、就職したらそれを機に非公開とするかもしれない。あまり質のいい情報ではない。子どもの落書きは消さなくてはならない。個人的には、愛情をもっている記事もあるのだけど、それはナルシズムだから、ひとりで楽しめばよいことだ。

今年九月あたりに、ぼくは文筆家になろうという決心をした。というか、九月は再決心というかたちで、実際のところ三年前には本を出すことを願っていた。このブログのタイトルは、もともと「本を執筆することになったので」というタイトルだった。あのときは本なんて簡単に書けると思ったが、一冊の本を書くとは、なかなか大変である。

だてに三年続けたわけではない。書くことは好きだ。また、読むことも同じくらい好きだ。それは知的な営みだからだ。独立した人間にしかできない行為だからだ。

「いいか――この世で最も強い人間とは、ただ独りで立つ者である」(「民衆の敵」イプセン)

というわけで今後も書き続けていこうと思う。


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