12.31.2014

節目

人間とは何かしら節目を作りたい生き物なのだと思います。2014年から2015年になったところで、何が変わるわけでもない。時の流れは変わらないわけです。

死というのもひとつの節目なのかなあと思います。川の流れは止まりませんね。ひとつの木が枯れたところで、森は死にません。ぼくという生命がなくなったところで、結局、たいしたことではないのかなあと思います。輪廻転生か、天国へ行くか、まあ無になるとしても、ぼくの生きた痕跡は、ほんと小さな変化ですが、社会に与えているわけです。つまりここに生きている。

選挙の一票では何も変わりませんが、人類の進歩というダイナミズムのなかで、わずかに軌道修正をすることができれば、それは生きた意味があるんじゃないかなあと思います。

たとえ万人に忘れ去られても、無意識のなかで、共有されているわけです。そう考えると死というものも、人生という流れの終着点というよりは、わざわざ作った節目なのかなあと思います。みんな、だれも死というのを体験したことはないから、正確なことなんていえるわけないですね。

たぶん、木が頑固に生きつづけたら森は死ぬでしょうね。水が蒸発を拒んでも、川は枯れるでしょう。人間のからだでも、細胞がアポトーシス(自死)しなくなったら、人間の方が死んでしまう。

死も生命総体に必要な過程なのかなあと思います。ぼくらは葬式において、大規模な儀式をして、大いに泣きます。それはもちろん悲しさもあるのですが、死というものに対する畏敬があるのかな、と思います。つらい悲しいという感情の前の、ひとつの偉大な行為が成し遂げられたことへの感動がある気がします。



今年は、いろいろあった年でした。まあなんだかんだ言って、楽しかったです。いろんな出会いがあったし、気づけることも多かったように思います。

文章力はあがったと思います。上半期の記事とか読んでると、笑えるくらいヘタクソですね。まあ、毎朝の習慣(投稿)の賜物ですね。読書もそれなりにしました。

でも、良い文章って難しいですね。文は人なり、ですから、奥手な性格がマイナスに出てますね。けっきょく、芸術とは、自分をいかに引き出すかだと思います。自分以上のものはできないんですね。よく言われることですけど。

どうでもいいことばかり、書きました。今日は珍しく敬語で書いてます。気持ち悪いし、なんかダメなお坊さんの説法みたいですね。今日は胃腸が悪くて、気弱なんだと思います。明日(来年)からは戻します。

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