1.30.2015

責任の所在

社会は有機体であるとする。

社会が機能不全に陥るとすれば、それは人間の身体が病気になったようなものである。

現代医学においては、病気の原因はあるていど解明されている。がんという病気は細胞の異常増殖であるし、喘息は自己免疫による気道収縮であるし、脳卒中は脳内の血栓の梗塞あるいは出血が原因である。

このように、一部の器官の失調が、全体としての機能不全を生むのが「病」の基本的なルールだ。

日本人が原発事故において責任をとらなかった、という事実は奇妙なものだと思う。胃がんになったならば、胃を摘出するか、放射線か抗がん剤で攻撃するものだ。しかし、それを行わなかった。なぜか。

そこに悪はなかったのか。悪は、あった。東電、政治家、行政機関、マスコミ、学会、あらゆる分野に悪はあった。しかし、範囲が広すぎたのではないか。おそらく、それぞれの悪は、軽微なもの。ちょっと論文をつごう良く改竄したり……軽微な事故をごまかしたり……子どもじみた小さな悪が、つもりつもって前代未聞の大事故を起こした。

そう、子どもじみているのだ。だれもかれも、自分が何をしているのか知らず、自分の行為がどう結果に結びついたかも、わかっていない。おそらく彼らが全員、「俺は悪くない」と思っていることだろう。

外部の人間がどうこう判断できるものではない。当事者自身が、自分のしたことをわかっていないのだから。原子力規制委員を解体したところで、解決にはならないだろうし、東電社長を逮捕したところで、何も変わらないことは事実だろう。

つまりぼくらが対峙しているのはひとつの蜃気楼であって、とんでもなく巨大であるのだが、近づくと霧散してしまうような、手応えのない悪なのである。

ぼくは陰謀論を信じないが、信じたい気持ちはわかる。陰謀論とは、以下のようなものである。「大地震はアメリカによる民主党政権に対する制裁であり、人工地震である」、「放射線による人体実験を行うために、ユダヤ人が陰謀し、わざと多数の市民を被爆させた」というようなもの。

これらを完全に否定するだけの情報をぼくは持っていないが、たぶん、妄想だろう。しかし、こうした妄想や飛躍した推論が生じてしまう過程は理解できるのである。

ぼくらを襲ったのはたしかに巨大な悪である。そうして、巨大な悪が、漠然とした小さな悪のつみかさね、意図なきものだったとしたら、ぼくらはどうすればよいのか。ぼくらは、だれの責任も問えないではないか。ぼくらは、ただ漠然と、人間は愚かな生きものだ、と諦めるしかないではないか。

わかりやすい敵を作る。これによって人びとの感情は落としどころを見つける。しかし、これも罠なのだろう。人間は思考するが、その思考を阻害するような落とし穴はいたるところにある。そこで人間は考えることを辞める。注意深く、警戒しなければならない。安住できるところこそ、危険なのである。

アダムスミスの「見えざる手」はミクロな経済の動きを示すものである。個々人の利益追求が、健全な経済を生む、という考えだ。これを転用すれば、個々人の小さな悪が、積み重なって巨悪を生むということもありうるのだろう。それはあたかも神が「見えざる手」で歴史をコントロールしているかのようである。

おそらく、悪は全身に転移しているのであり、切っても意味なし、全身作用の薬もなく、ただ免疫や代謝による自浄作用を望むしかない、という状況である。

自浄作用は、たぶん、何十年もかかるのだろう。つまりぼくらや、ぼくの下の世代が、歴史をきちんと学び、各々が「過去の人間たちは最低だった」と知ることで、少しずつ変化していくのだろうと思う。

その意味では、現代はひとつの転換期にきている、と感じる。

おそらく、甲状腺ガンは増え続けるだろう。甲状腺ガンは予後のいいガンだが、手術で甲状腺を全摘しなければならない。そうなれば、一生甲状腺ホルモンを飲まねばならない。首筋に手術痕も残る。それに、甲状腺ガンは肺に転移しやすい。いったん転移してしまえば、根治ははるかに難しくなる。

それに、放射能の影響は甲状腺にとどまるものではない。甲状腺ガンはヨウ素131によって起こされる。当然、日本にばらまかれたのはヨウ素だけでなく、ストロンチウムや、セシウムが放出されていることをぼくらは知っている。セシウムは筋肉に、ストロンチウムは骨に蓄積する。そうして、はるかに厄介なα線を放出するウランやプルトニウムもばらまかれた。おそらく甲状腺ガンに相当するようなガンや機能不全が起こるだろう。

本当にやるせないことだが……まず被害を被るのは、子どもたちである。そもそも妊婦が被爆すると胎児の奇形の原因となるし、細胞分裂の活発な新生児においては、ガンのリスクも数倍高くなる。

子どもは死に、母親は嘆き悲しむだろう。これは「放射脳」ではない。おそらく現代の科学で、中立的な立場で考えると、こうなると考えることが自然であるし、現実として、福島近隣の甲状腺ガンは増える一方である。

女たちが悲しむとき、世の中は変わる……と、せめてこう信じたい。女は種を守り、男は個を守るからである。世界は、女たちの涙から変わっていく。これもまた、「見えざる手」の作用である。善が悪を駆逐する、そのような瞬間をぼくらは目の当たりにできるのかもしれない。

国家が終わるところ、そこに、はじめて人間が始まる。余計な人間でない人間が始まる。必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。
国家が終わるところ、その時、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ!あなたがたの眼に映るもの、あの虹、あの超人への橋。
ツァラトゥストラはこう言った。

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