1.05.2015

統合失調症について

道化師は王さまを笑うことのできる唯一の存在だった。

道化師とは現代風にいえば統合失調症である。彼はあらゆる点で自由であり、彼にとって王を頂点とする権力構造は存在しないものであり、慣習や模倣の概念がなく、よって正しき文法は存在せず、定住の概念はなく、飢えや肉体的苦痛などには生理的な反応を示しても、死というものに対しては、必ずしも恐れを抱いているわけではない。

ところが、今では王さまを笑う人はだれもいなくなった。王さまは道化師を牢獄に押しこめた。道化師は病気だからである。

そうしてできあがった社会は、珍妙な有様だった。まともな人間に構築された社会は、すぐに窒息しそうな疲弊感を生んだ。

現代の統合失調症患者の妄想は、つまらない。一般にトンデモな妄想が多いとされるが、最近では、妄想の没個性化が進んでいる。いわく「盗聴されている」「つきまとわれている」「監視されている」といったものが非常に多い。

よく考えると、これらが示すものの総体は「監獄」であるといえる。監獄とは、監視される牢獄である。このメタファーは真実である。

彼らが自由であることは、数千年前から変わらない。自由である彼らは、常人よりも容易に真実に辿り着く。であるから、彼らの妄想=真理が画一的になったとすれば、それは我々の社会が画一化していることになる。

画一化とは、相互監視、相互盗聴、私刑の容認推奨される全体主義であり、ファシズムである。彼らは実際のところ、監視されている。それは彼と物・者の間に浸透した権力によってである。よって、彼の「被害告発」は真実なのだが、医師はそれを「典型的妄想」と片付け、アリピプラゾールを飲ませ、患者をまともに社会復帰させる。

狂人は病気になった。治療すべき病気になった。統合「失調」症という言葉は恣意的につけられている。つまり、この患者は何かの能力を失っているのであり、反対に我々の認識を凌駕した真実を語っているのだ、などとだれも思わなくなった。

かつて、道化師は、真実の言葉を話した。王さまはそれを好み、つねに周囲においた。今、真実の言葉は、牢獄のなかでむなしく響くばかりである。

ところで精神病院だけが牢獄なのではない。この社会全体が広い牢獄なのである。



Charles Steffen
Charles Steffen 1994 

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