1.06.2015

愛は存在しない

ひとはほんとうに誰かを愛することは決してない。唯一愛するのはその誰かに関して作り上げる観念だけだ。愛しているのは、自分がでっちあげた概念であり、結局のところ、それは自分自身なのである。(「不穏の書」ペソア)

「汝の隣人を愛せ」

という有名なフレーズがあるが、この言葉につねに違和感を覚える。

愛するとはどういうことなのか?

何度も書いたことであるが、ぼくは恋愛のできない人間である。しかし、ぼくは決して攻撃的な人間ではないし、友好的にひとと接することも、できないことはない。社交にも、それなりに喜びと楽しみを見だすことができる(最近は)。

だが、他者を愛することとなると、難しい。親交は長く続くが、愛は長く続かない。なぜなのだろう。

愛は、他者を近づける。他者を「思いやる」。しかし、他者を見ていく以上、嫌なところが目につく。離れたい。そこで作用する言葉が「愛」である。「愛」によって、多少のことは目をつぶるし、我慢してやる、ということになる。すなわち、自然状態においては相性の問題から距離をおくような相手を近くに置き、堪え忍ぶ努力、これが愛の本質である。

愛はその性質からして非自然的であるので、あらゆる不安定な化合物がそうであるように、エントロピー増大の法則に従い容易に瓦解する。よって、愛はおのおのの恒常的な努力によって成りたつ。愛にはエネルギーをつねにそそぎ、その形態を維持しなくてはならない。

すなわち、愛とは、他者への嫌悪をごまかすまやかしである。嫌な相手とも一緒にいられるような強制力が「愛」である。すばらしいと思うだろうか。ぼくは嫌な相手からは離れたいが。


また、とくに恋愛において嫌になるのは、相手を独占したいという願望である。ぼくは性的に適齢の人間が、だれとセックスしようと自由だと思っている。しかし、愛はそれを束縛する。愛という概念によって、嫉妬の感情が惹起される。それが両者をコントロールする。

愛とはひとつの約束である。結婚式場において聞かれる「永遠の愛を誓う」とは、その相手を永遠に愛するという意味のほかに、「相手以外を決して愛さない」という暗示がある(というかこちらの意味あいの方が強い)。また、恋愛においても「告白」という契約の場がある。「付き合ってください」「よろしくお願いします」これが恋愛の契約である。それを避けていても、「私たちって付き合っているんだよね?」と契約を迫られることになって……焦る。

愛は契約である。愛があるところに、醜悪な嫉妬の感情がある。嫉妬の感情は、復讐、私刑を容認する。つまり、これは約束の反故に対する処罰である。

以上をまとめると、愛とは、ある人間とある人間が近しい関係にある場合、その関係を維持するようはたらくものである。その内容とは、ふつう思われているような本能的な「恋愛感情」とは違い、多分に理性的な「契約」によって支配されているのである。嫉妬の感情とは「契約違反」に対する怒りである。

ところでもうひとつ嫉妬の感情が生まれる場所がある。それが資本主義である。市場経済においては、上流階級が底辺層の何百倍もの資産をもつ。このような不平等が、怨嗟を生む。資産とは、おおむね金である。金はそれ自体に何ら価値はなく、約束によって成りたつ。よって、資本主義社会は契約によって成りたつ。すなわち愛と同質である。よって、資本主義社会の増長とともに、愛の概念もこの世を覆い尽くす。我々は公的な生活、私的な生活ともに、嫉妬と怨嗟に飲み込まれてゆく。

嫉妬の感情はルサンチマンのものである。よって、愛はルサンチマンを大量生産する。キリスト教が奴隷道徳であるという点は、これによって証明される。

われわれは、愛を求めるべきではなかったのだ。

愛から離れ、資本からも離れる。これが強者の倫理である。

個人的には、「愛は存在しない」と考えるとすべてがうまくいく。つまり、愛という言葉は総合的無意識に作用する呪術であり、つくろうとしても決してうまくいかないものである。われわれはシーシュポスの神話のように、徒労に終わる努力を一生涯続けることになる。

宣教師がやってくるまで、日本には「愛」という概念がなかった。愛とは仏教の言葉で性交を示したから、宣教師が「隣人を愛せ」というと庶民は大笑いしたという。それでは非西洋的な日本が野蛮な国だったかというと、そんなことはない。むしろ当時では、キリスト教が邪教だったのだ。とくにカトリックはひどい。「キリストの絵を踏むくらいなら死ね」と教える宗教がカルトでなくてなにか。

話がそれた。恋愛⇒結婚の流れは不自然であると思う。まあフリーセックスなんてバカげてるが、自由を求める人間にとって、恋愛とは不要なものだったのだ。だから、最近の「彼女彼氏がいない」という傾向はいいと思う。もしかすれば、いまは愛という概念に革命のおこる過渡期であって、出生率の低下も、今後改善していくのかもしれない。

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