1.19.2015

愛の誤謬

他者を愛することはできない。なぜなら、他者は自己ではないからである。

血のつながりがあれば、愛することはできる。いくらかは自分だからである。

「知」のつながりであっても、愛することができる。知は血。自分を構成しうるからである。

しかし、何のつながりもない他者を愛することは、自然の理に反する。

他者を愛するとき、自己の破壊が伴う。他者を愛するとき、自己が溶出する。

自己と他者の境界を曖昧にし、正常な機能を失わせる。これが権力のはたらきである。

権力のはたらきは、まず、血や知の結びつきを取りはらう。そうして、本来つながりのない人間同士を、限界まで近づける。次には、その拒否反応によって、個々人が持つ、自己と自己との関係を破壊する。こうしてひとは過剰適応を達成する。

すなわち、満員電車、ブラック企業、町内会であり、奴隷船、強制収容所、監獄である。

自己への裏切りが強まってゆくと、本来的に内的自己が強いひとほど、逆作用を受けて死んでいく。これが日本の自殺率が高い理由である。

日本社会のなかでは、内的自己の弱い人間だけが生き残り、繁栄し、より強力な支配に貢献する。そうして優れた奴隷が生き残る。

権力はひとを近付ける。かつて大流行した「絆」という言葉は、その語源としては、家畜をつなぎとめるための綱をさした。


過去記事:愛について


インフルエンザで寝込んでいた。あと一日寝れば治るかな。

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