2.15.2015

今後の道筋

快楽ではなく、純潔が、幸福ではなく、美と霊性が、ぼくの目的なのであった。(「デミアン」ヘッセ)

最近は自分のゆくすえを考えて逆に寒気がしている。

楽観的に考えてゆくこともできるけど、普通に考えたら、神経質な変人として一生を終える気がする。

ぼくは自然と自己によって生きていこうとしている。このことは、田舎に移住して、あらゆる人工的な楽しみを退け、用意された思想を退け、ただ木々や海との対話によって生きていこうとする決意である。

ぼくは自己と自然の共振のためだけに余生を使いたいと思っている。ぼくは神経質な人間であった。ひとが近くにいると、背筋がぴりぴりとして、不快な気分になった。ひとり部屋にいるときが幸せだったし、楽器を弾くときもひとりのときが最高に楽しかった。

もうこのような人間性であるので、ひとの中に生きていくことは諦めることにした。過去を振りかえれば、このような人間は決して少数派ではなかった、と思う。たいていの思想家や芸術家は孤独だったし、自然を好んだものだ。

ぼくは大仰な思想家になろうとは思っていない。おそらくぼくの知性は世界をゆるがすには足りていないし、そのための努力にも、時間を割こうと思わない。

ぼくの関心としては、自己を充溢させることにある。けっきょくのところ、ぼくはエゴイストである。自分にしか関心がない。人間たちが一生懸命に築き上げる、かつてそうであったもの、いまそうであるもの、これからそうなるもの、というものにもおよそ関心がない。

かつては社会的に成功することが目標だった。ぼくの名を世界に轟かせたいと思った。それは新渡戸の母が手紙に書いたような「日本はおろか世界に名を上候様と楽しみ居候」の精神だった。

しかし、最近では社会的成功というものも、虚飾に満ちた空想的なエサのように思えた。栄誉ある特攻隊員と、社会的な成功者は変わらないように感じる。その意味は、どちらも提灯であり、管理下にあるということである。

ぼくは自然が好きである。ただ、それはOLたちが好む「ロハス」などと何が違うのかはわからない。

かつての人間にとって、自然とは合理的なものではなかった――とだれかが指摘していた。いまの自然は人間に支配されている、というわけだ。いまのぼくらは自然から霊性を得ることが難しい。それは動物園の動物を観察するようなものだからである。

たしかにそうかもしれないが、それなら津波で原発事故がなぜ起きたのだろう。けっきょく、人間は自然には勝てないということではないか。

地震に対する感情は不思議なものだと思う。ぼくは地震がけっこう好きである。人間は自然には勝てないということを教えてくれるから。

まあこういう幼稚なアニミズムがすくすくと芽生えている。いかんことだと思う。たしかに、西洋思想からは離れてゆくのである。それはある種のストイシズムからの離脱でもある。それは「甘え」の世界でもあるのだろう。

あの名著が説いたように、「甘え」が日本人のメンタリティをあらわしているのだ、と考えるといろいろ合点がいく。太宰治も夏目漱石も甘えん坊のように見える。豊かな自然にあると人間は甘えていくものなのだろうと思う。キリスト教やイスラム教は砂漠で生まれたものだ。砂漠の民にとって自然は過酷であり、ゆえに排除すべきものだった。

ともあれ今後の自分はますます世間的にはダメになり、手がつけられない変人おっさんになっていくのだと思う。これは予言である。



昨日は頭痛くどこにもいけなかった。なので、あいかわらず映画を観る。「パルプフィクション」という映画。たしかに、楽しかった。ザ・B級。エンターテイメント。

あとは中東の米軍による戦争犯罪を描いた「ハート・アタッカー」という映画(「ハート・ロッカー」ではない。ダメ邦題だ……)。これも、けっこう良い映画だった。けっきょく、戦場という状況のなかでは、戦うのは被害者と被害者なのだ、ということがわかる。ああいう場に放り込まれたらぼくだって戦争犯罪をしかねない。ただ、ソンミ村のような虐殺は理解の範疇を超えているけど……。

まあ最近話題の「アメリカン・スナイパー」よりは百倍良い映画でしょう。

あとは「甘えの構造」を読んでいた。天皇制と甘えの関係とかすごくおもしろい。天皇は甘やかされた存在である。日本国民すべてに甘やかされて生きている。それがかつては権力構造のトップであったし、いまは日本人の象徴である。ここに日本の精神性がある、と。日本の国家構造にあまねく「甘え」は存在している……。

戦後の天皇制にたいする反発がないと書けないだろうな。

いまだと、天皇批判や天皇制を悪く書くと怖い目にあう。アマゾンのレビューとか、とんでもないことになるのですよ。民俗学的には的確に指摘した良い本なのに、★ひとつの的外れなレビューが「参考になった」数が多くていちばん先に出てくる。(「甘えの構造」はさすがに妥当なレビューだけど)

こういうことがよくあるので、アマゾンのレビューを必ずしも信じてはいけない。★ひとつのレビューだけならダメ本だけど、★ひとつのレビューと★5つのレビューが混交している本は、たいてい読むべき良い本だったりする。

ところで、★5つだけの本が良いかというと、これが必ずしもそうではない。それだから良い本を探し当てるのは難しい。けっきょく古典がいちばんよい、となってしまう。


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