3.11.2015

田舎の小企業と高級フレンチ

今は遠く田舎にある小企業の見学と物件の下見に行っている。出先のホテルでPCをいじっている。

自分の境遇を思うとわけがわからなくなる。

田舎の企業のオーナーは思ったよりも拝金主義であり、昨晩はオーナー夫妻とその娘と、高級フレンチを食べさせられた。ぼくの普段の一週間分の食費くらいするだろうフレンチはたしかにうまかったのだが、ぼくはそれよりもそういった空気の持つ毒々しさがいやだった。

こうした田舎であっても、細々と生きているひとばかりではない。明確な、食う人、食われる人がある。実家の自分の生活をかんがみる、ラーメンを食べて、それが週の一度のご馳走だったが、そんな自分の家庭は食われる側だったのだろう。ぼくは漫画で得た知識、「ナイフやフォークは外側から使う」ということを知っていたおかげで、なんとかフレンチを乗り切ることができた……。

フレンチを食べている間ぼくは人間嫌いの発作が出てしまい、ぼくの甘えといってしまえばそれまでだが、重い沈黙がおしこめる、だいぶ陰惨な食事会になってしまった。料理の持つ魅力とは不釣合いな気まずさ、「もう分かり合えないのだ」と知ってしまった人間同士特有の、やりきれない無力感のなかにあった。

生殺与奪は会社のオーナーが握っている。いまだってホテル代はオーナーに出してもらっている。だからオーナーに気に入られることが、仕事のひとつになるはずだ。だれだって、生活のために仕事をしているのであって、労働のために労働をしているわけではない。その意味では、ぼくの対応はひどくまずいものだったと思う。ただ、こういう貴族趣味的な、成金趣味的なものは、明確にぼくの人格と相容れない。

田舎にぼくが何を求めてきているのか、オーナー連中は知らないらしい。給料が高いから、待遇がよいからきているわけではない。ぼくは田舎の素朴さと都会にない豊かさを求めているのだが、そういった面では、期待を裏切られたことになる。

表層的な社交の場は、とにかく、苦手だ、そこではだれも傷つかない上品なユーモアが好まれるのであって、非社交的人間の持つ趣味、毒気をもった趣味は好まれない。だれもが演じることを要求される。もともと人生を演じているようなひとには、楽しめるだろうが。

ネットで退職したひとのことばかり調べている。同じ人間嫌いだった江戸川乱歩のことなど調べる。ぼくも、やはり筆一本で食っていけたらそれに勝ることはないと考えるが、そんなことは夢物語かもしれない。

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