3.22.2015

日本について

なんとはなく思っていたことだけど、日本という国は大変生きづらい国だ。

東北の震災があったときに、配給をもらう被災者の方々が、きちんと列を並んでいるのを見て、「さすが日本人」「中国人や韓国人と違って民度が高い」というような讃辞が飛んでいた。これを聞いて、たしかに秩序立っていて良いことだと思うが、どこか引っかかるような違和感があった。

その何年かあとに、この違和感の正体がわかった。そういった列に並ぶような「事なかれ主義」そのものが、原発事故を引き起こしたのだ。つまり日本人の特性であるこの性格が、一面では事故を引き起こし、一面では統率のとれた行動をする、このような解釈をした。実際のところ、原子力ムラの人びとは「原発は安全である」という列にきれいに並んでいたのである。

日本では、被爆した市民による反原発デモが封殺された。デモの抑止は、国家権力でも、東電もなくて、「同じ被爆した市民が」反原発デモを封殺した。「放射脳」だの、「左翼」だの、そう言った言葉で中傷し、デモは沈静化した。「電気代が高くなると企業が困るから再稼働しろ」というようなことをネトウヨのニートが言い出す国だからほんとうに訳が分からない。

デモは民主主義国家において投票と同じくらい重要なものだという認識があるが、どうだろうか。原発でなくてもいい。不満はそこら中にある。満員電車反対デモ、違法残業反対デモ、消費税反対デモなんてしてみたらステキだと思うが、だれもしない。じゃあお前がやれと言われたら、困るのだが。

移住するのであればマレーシアが良いと考えている。マレーシア文化は西欧とアジアのいいところどりといった具合で、多民族国家だからアメリカ的な自由主義が生きているし(宗教じみたネオリベではない)、何度か旅行して、若者が元気な国だという印象を持った。都市は栄え、少し外れればリゾート地に事欠かず、街並みは美しく、医療レベルも治安もアジア随一だ。

ただ最近は米英のような列強に嫌われているのか知らないが、不運な事故が相次いでいるのが気になるところである(航空機はどこへ消えたのだ?わからないなんてはずがないだろう)。

それにしても、日本ほど若者が笑顔でない国はないと思う。実際のところ、ワープアの日本人よりもギリシャの失業者の方が楽しそうに思える。

実際そうだろう。日本では、失業者は落伍者、人生の敗者に扱われるが、西欧にはそのような習慣がない(少なくとも、日本のようにバッシングを受けることはない)。

日本に暮らしていて我慢ならないのは、日本人の民度の低さだ。そんなことはない、日本人の民度は高いのだ、という人がいるとすれば、ぼくは失笑するしかない。たしかに、日本人は為政者にとっては大変優れた奴隷ではあると思うが。

なにしろ高度に被爆を受けてもだれも責任をとらないで大丈夫だし、一日十四時間働かせるような違法行為も簡単にできる。とにかく人的資本として日本人ほど優れたものはない。それはあくまで資本であって、よき国民ではない。

試験的に移民政策が行われているが外国人は不当な労働を強いられるとすぐにデモやストで抗議するので、日本人の方が扱いやすいと結論されている。当然の権利を放棄するのが日本人である。

そういえばどこかの外国人は「日本では資本主義が信仰の対象なのだ」と言われていた。ぼくもそう思う、日本では金が信仰の対象なのだ。

目先の金欲しさに汚染された食品を売り払う農家がある。まあこういう情報は眉唾だが、「危なくて自分は決して食べられないものを流通させている。正直、罪悪感がある」とある農家がツイートしたらしい。

このように、徳というものがこの日本からは完全に消失して、マネーゲームが全てになった。とにかく金を稼いだもの勝ち、善意とか、道徳などは、かき消えてしまった。妊婦が「食べて応援」などとキチガイ染みた広告に影響されて奇形児を産むことになったとしても、それはどうでもいいことだ。

日本的思考では、この酪農家の自殺も「自己責任」となるのだろうか。

「徳が消えた」国家が日本である。……と考えるといろいろわかりやすくなる。いまでも、日本ではクソみたいな満員電車が走っているし、クソみたいなうさぎ小屋アパートが乱立しているし、クソみたいな軽自動車を買うことを強いられている。

でもこういうと、必ず反発を受ける。それでも買う奴がいるんだからいいだろう、イヤなら買わなければいい。なるほど、自由経済的に考えれば正しい考え方だ、

しかし、東京電力を辞めて他の安い電力会社にしたい……という選択肢は、ほとんどない。おかしいことだ。今もぼくらは、東京電力の電気料金を払い続けて、バカのクソアホが爆発させた原発とか、避難民の住居費とか、おまけに幹部の退職金まで、ほとんどの国民が上乗せして払っている。

とにかく、この国には正義というものがない。正義という概念自体が失われてしまったかのようだ。国全体が、経済のことしか考えていない。だから金さえ稼げれば何をやってもいいと思っている。

東電は海水に放射能を垂れ流し、一年間秘匿した。日本の持つ国際的なイメージはここ数年で地に落ちたのではないか。「日本人は嘘つきだ」と言われても、ぼくはこれを否定できない。国民自体、裏切られ続けているのだから。

テロリストに国民が拉致されたときも、それを知りながらテロリストを挑発するような外遊を行った。明らかに首相の強攻策が人質を殺したのだが、これを指摘すると「テロリストの肩を持つのか」と脅される。

まあこの国では、国民というのはほとんど主権を握っていないのだ。ぼくらは羊のように扱われる。犬に追われ、あっちへ、こっちへ誘導される。市民が市民を監視する。人権なんて、あってないようなものだ。

というわけだから、ぼくは海外に移住することをひとつの目標にしたいと思う。この国では、人間が人間らしく生きることは難しい。もっとも、それはどこへ行っても変わらないのかもしれないが、民主主義の機能している国というのを一度経験してみたいのである。

これまで、日本という国家に対して、ある信仰心があった。なんだかんだいっても日本人は優れている、すごいんだ、と思っていた。最近はそれがくつがえってしまった。そのようなことはまるでない。日本人はダメなのだ。日本という国家は、もうお終いなのだ。そのように感じている。

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