3.29.2015

新居にて


最近はとくになにも書いていなかった。


しかし書きたいことはたくさんあった。ただ、PCがないので書けなかった。しかたないので、いまはヤマダ電機で買ったiPhoneにキーボードで打っている。

いまは田舎に引っ越しが住んだ段階だ。もう東京都民ではない。

実家からの距離は520kmほど。バイクに荷物を積めるだけ積んで、オール下道の道のりは、朝から晩まで11時間かかった。

ぼくがここに来て感じたことは・・・。空が高い、ということだ。実家は標高が高くて、もう少し圧迫感のある空である。ときには空に近すぎて、ひどい霧に見舞われることが多々ある。

東京では、空気や高層ビルのせいか、空の存在自体が薄い。大都市は空をも引きずり落としてしまうもののようだ。

こちらでは、そのどちらとも違う。海にちかいから、標高は低いはずだ。そのせいか、ほんとうに、空の表情が良い。空が大地を包みこむような雄大さがある。
空には表情があるのである。

まあ空なんて生きていく上ではどうでもいいことである。すぐに見慣れてしまうだろう・・・。

新居はド田舎にある。下見のときには気づかなかったが、案外車の音がうるさい。しかし、それを除けばさすが一軒家である。音がなさすぎて怖いくらいだ。耳栓をしなくていい生活にまだ慣れないみたいで、カナルイヤホンをつけたままで寝た。

アパートでは、咳をするにも気をつかわなくてはならなかった。上階から物音が聞こえると、夜も眠れず、何度も起こされ、天井に向かってものを投げたりした。

買い物では、案外地方都市的な住みやすさもあるようで、ニトリ・しまむら・JAやドラッグストアがあり(決して近くはないが)、とりあえず生きていくだけなら問題ないようである。

とくに、スーパーで卵が10個108円で売られているのを見たときには、田舎は物価が高いというイメージがあっただけに、スポンジに暖かいお湯がしみこむような(?)安心感を覚えたのであった。

それでも田舎に失望することはいくつかある。ひとつに、パチンコ屋が多いこと。つぎに、防災無線が死ぬほどうるさいこと。朝昼晩に、三回、チャイムがなったり、良い子は早く帰りましょうといった具合の無意味な放送が鳴ったりする。

せっかくの静かな環境をなぜぶち壊しにするのだろう?

これは田舎に限った話ではないが・・・。のべつ喋り続けるエレベーターとか、洗脳のような店内放送、キチガイじみた電車アナウンスの内容と騒音は別に東京も同じである。こうなると、前に書いたように国外脱出しかないようにも思えてくる。

日本人は、静寂が権利であるという認識が薄い。本当に信じられないのだが・・・。
これをよく考えてみると、日本人の文化レベルということに還元できるのかもしれない。
高度に文化的な領域では静謐が保たれるもののようだ。例えばクラシックのコンサート。図書館。そして博物館や美術館。

反対に、文化的に劣悪な環境では、けたたましい騒音が発生する。バラエティ番組。大衆居酒屋。コンビニ。家電量販店。とくに最悪なのがパチンコ屋だが、その文化的な劣悪さは言うまでもないだろう。視覚的に言えば、駅前を支配する消費者金融の広告だとか、スマホまで浸潤するエロサイト広告が言えるだろう。

本来、日本人は静寂や美しい景観を好んだはずだ。小川の流れる音、たまに聞こえるししおどしのかこんという音。また、砂利、木材、障子といったシンプルで目を煩わせない情景、こうしたものに趣を感じるのが日本人でなかったか。

まあ、ぼくは日本文化などイメージでしか知らないが・・・。

とにかく、このように趣味のいいはずの日本人が、下劣なチャイムで、アナウンスで静寂を破壊していくのを見るのはまことに残念な限りである。

もっとも、いつの時代もそのようなものだったのかもしれない、とぼくは諦めを感じることがある。ゆたかな庭園とか、静かな環境を持っていたのは一部の貴族や武士だっただろう。

新渡戸の武士道などは、日本人の精神性をあらわしているーなどという人がいるが、あんなものはキリスト教的な教育制度に劣等感を感じた新渡戸がでっちあげた行動規範である。

ハイデガーでもニーチェでもそうだが、戦争に利用されるとややこしくなる。戦争は史実を簡単にゆがめてしまうからである。

新渡戸的な武士道精神は日本人全体の規範となったが、そもそも日本人の大部分は農奴だったのであり、それはフランス革命のような市民革命を経験していない、まことに優秀な奴隷だったのである。

ある人が、日本人はバカだと思っていたが、最近はずる賢いのだと考えるに至った、と言っていたが、最近はぼくもそれに同意するようになった。ずる賢さこそ農奴の特性であって、その理由は農奴が弱者だからである。弱者だって、人間であるからには、ただ卑屈であるに留まらない。これについては七人の侍の菊千代が渾身の演技でうまく説明している。

また話がどんどんずれていってしまったぞ。

とりあえず、いまぼくは田舎にいる。その場所はあえて書かないが。それにしたって、田舎はいいところだ。でも、楽園なんかではない。いろいろな感情がせめぎ合っている。また、書こう。今日はまた酔ってしまった。また明日だ・・・。

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