3.25.2015

日本脱出を考える

ここ最近で本当に日本が嫌いになってしまったぼくは、海外に移住することを考えはじめた。もう奴隷は嫌なのである。

調べてみると、海外移住を決断した日本人は割と多いらしい。みな、ぼくと同じように日本に疑問を持ちうんざりしている人のようだ。ネットに情報がごろごろ転がっている。

言語

障壁となるのはまず言語であるとされる。日本人は英語ができないとよく言われるが、これは事実だ。というか、読み書きはマアマアできるのだが、話すことがてんでできないのだ。a か the か、可算か不可算かを知ったところでコミュニケーション上はあまり意味がない。しかし日本式英語教育では、そういったことばかり重視される。

これをして「日本は国外流出を防ぐためにわざと英語をできないようにしている」と言われているが、まあそう思うくらいひどい。そういえばTOEICも海外では評価されないガラパゴス資格だ。

まあ英語については何とかなるという気がする。受験英語が得意だったというレベルだが……。

仕事

言語の問題以外に、収入源という問題がある。早期リタイアで移住するならともかく、まとまった金がないのであればはたらかなければならない。






上のグラフを見ると、日本のように、生活に困窮するようなワーキングプアに陥る可能性は低いと考える(アメリカは別だが)。

労働環境で言えば、一般的な欧州諸国では「サービス残業」はありえないし、労働時間も定時だし、二ヶ月くらいの長期休暇もあるし、有給は取り放題だし、非正規社員と正規社員の給料が違うということもありえない。

というわけで、「外国に移住したら生活に困窮するのではないか……?」という疑問は、おそらく先入観でしかないだろう。それよりも、ずっと豊かに生活できる可能性がある。

ちなみに日本の失業率は欧州に比べて低いといわれているがそれが本当かはわからない。統計の取り方が違うとも言われている。このあたり、池田順がそれっぽいことを言っているが実際はどうなのだろうか。





住環境について

住環境についても、日本の住まいは本当に劣悪であるとされる。ロシア人が「日本の冬は寒い」とうんざりするくらいなのだ。

まず、壁が薄い。断熱性も防音性も先進国中最底辺レベル。面積も「うさぎ小屋」と揶揄されるくらい狭い。東京の一人当たり占有面積は世界一狭く、ソファも置けない。

ニセ木材、ビニルの壁紙などで飾られたみじめな掘っ立て小屋が何千万円もする。庭なんて考えられない。

実は、「風呂が寒い」「朝起きて息が白くなる」「窓が結露する」「壁紙にカビが生える」などという国は日本だけなのである。まず断熱性の規制基準が厳しいという点、あとはセントラルヒーティングという家全体をあたためる暖房装置が標準装備されている点に理由がある。

部屋のなかでガスストーブをつけるという狂気は日本だけである。

年末に私のパートナー(彼はまだ日本に行ったことがないです)を連れて一時帰国しようと考えていたのですが、実家のあの寒さ、特にお風呂、を考えて春に延期しました。あの寒さ、不便さ、居心地の悪さには腹が立つと同時に飽きれてしまいます。
それほどドイツの家は快適です。
建築のことは全くわかりませんが、室内の温度だけでなく、音についても。東京のマンションで普段私たちが音楽を聴くボリュームで聴いてみたら、すぐにでも苦情かなにかくるでしょうね。壁が薄っぺらいですものね。
そしてベルリンは家賃が安い(脱線しますが。。)。そして日本の住宅よりも何百倍も快適。
というだけで、ほかにたくさん不便なことがあるベルリンでも、やっていけます。

精神的ストレス

ある書き込みをネットで見つけて、ほんとうに物悲しくなることがあった。

死にたくなるほど追い詰められることは、海外に住んでいるとありえない」と。

この「海外」がどこなのかはわからないが(たぶんパキシル漬けのアメリカ人ではないだろう)、「そんな社会がありえるんだ」「死にたいと思わない社会が普通なのだ」としみじみ感じるとともに、「人間らしい暮らし」を求めて海外に脱出したい気持ちが一層強くなった。





移住するとなれば、その国のことをよく知らなければならない。数年は日本で働いて、資金を貯めよう。そしていろいろな国を回って、その上で考えたいと思う。

まあとにかく、花粉がないというだけで海外はすばらしいのだが!早く脱出したいよ。



さて、実は日本脱出を考えるきっかけとなった出来事があった。下の記述を先に書き始めていたのだが、だんだん日本脱出がメインになってきたので前後を入れ替えた。消してもいいのだがなんとなくもったいないので残しておく。

リサイクル料の狂気

昨日は引っ越しの準備をしていたが、その過程で、日本が本当に嫌になることがあった。

冷蔵庫や洗濯機を捨てようと思ったのだが、それを処分してもらうには、「リサイクル料
」を払わなければいけないらしい。「ふん。まあ300円くらいだろう」とたかをくくっていたが、蓋を開けてみれば、それぞれ「5000円以上」かかるらしい。

冷蔵庫と洗濯機を捨てるには11000円程度かかることになる。

これを知ったときはさすがに絶句した。こんな国ってあるか?

最低賃金800円の国だぞ。低所得者は冷蔵庫と洗濯機を「捨てる」ために、二日分の給料を払わねばならない。

5000円はあまりに高すぎる。しかも、このリサイクル料がどこに消えてゆくかがわからない。

よく林道を走っていると道ばたに捨てられている冷蔵庫があって、「なぜこんなところに?」と疑問に思っていたが、こんな悪法がまかりとおっているのでは不法投棄も自然の成り行きと考えるしかない。

この制度が制定されたときに、「こんな法律は日本でしか成りたたないだろう。家電メーカーが結託しており、国民が盲目的に法に従うようでないと」と言ったひとがあるそうだが、これはそのとおりだろう。

しかし、日本では不法がまかりとおる。自動車免許をとるのに30万円かかる、国立大学に金がかかる、といった非常識な制度に、だれも疑問を持たない。このあたり、島国だからか、奴隷根性からくるのかはわからない。


「エコは地球を救う」本当に?

リサイクルというのはひとつの信仰に近い。国策なのである。

この絵のようなプロパガンダはどこにでも見られる。小学校の校庭のフェンスや、指定ゴミ袋の包装にプリントしてあったりする。

「リサイクルしなければならない」と小学生のうちに徹底的にたたき込む。また、その絵を見たひとびとも「リサイクルしなければな」と思うだろう。

ぼくはこれを見て痛ましい気持ちになる。教育と洗脳の境は微妙だ。しかし、これは洗脳により近いではないか。なんというか、プロパガンダ的メッセージを子どもに書かせるという図式が本当に気持ち悪い。


「リサイクルが大切だ」という建前はわかるが、実情としてはゴミの分別などしてもあまり意味がない。たいていゴミを分別したところですべて一緒くたに燃やす0のである。

ペットボトルについては資源として中国に輸出するらしいが、しかし、自治体が中国に資源を輸出するためになぜ国民が分別などという労働をやらされなければいけないのか。日本はいつから共産主義になったのだ。

日本がリサイクルに躍起になる理由はひとつである。金だ。つまりハイブリッドカーを作る自動車産業、エコ製品を作る家電メーカー、天下り先を望む官僚とが結託して、リサイクル信仰を広めた。

まあここでも原子力と「官学報」の結託が見られるわけだ。マスコミはリサイクルは本当に意味があるの?などとは問わないし、学者たちは地球温暖化という不安ビジネスに乗っかっていく。(もちろん反発する学者もいる)

というか、エコビジネスの根元を探っていくとそこには原発推進があるのかもしれない。「エコ」で「クリーン」な原発と、「エコ」で「クリーン」なハイブリッドカーやリサイクルといったものは、すべて同じ軸でつながっている。

となると、ぼくがリサイクル法に生理的なレベルでの憤りを感じたのは、根元には原発ビジネスがあるからなのだろう。もう原発への嫌悪がトラウマレベルで染みついていて、アレルギー反応を起こしたのだろう。

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