4.12.2015

ホリデー・ホリデー

田舎での土日は孤独だが別に学生時代から土日は本を読む程度で過ごしていたのだから変わらない。

人と時間を過ごすことは苦痛であり喜びでもあるはずだがぼくにとっては苦しみの方が多いようである。

田舎とは言ったが地方都市の圏内であり20分ほどバイクで走れば(車なら30分くらいか)市街に入る。

昨日は文化ホールのようなところの音楽練習スタジオを借りることができたので、午前中を借りた。3時間で1000円ちょっとなので、普通の貸しスタジオ(一時間500円が相場)より少し安いくらいか。といっても交響楽団の練習ができそうなくらいだだっぴろいのだが・・・。なんだか贅沢だ。

そのあとは寿司屋に入ってランチを食べた。800円で、うどんと握り寿司が食べられる。

東京で、汚泥のようなラーメンを同じ値段で食べていたのが不思議に感じる。もっとも、歳のせいでそういうジャンクなものが受け付けなくなったからかもしれない。

次には漫画喫茶でネットをした。まだネット回線が繋がらないのだ。3月末に申請はしたのだがそこから連絡がつかない。いつかけても混み合ってるとか自動音声が流れる。ちゃんとしてくれIIJ・・・。この記事もiPhoneから書かねばならない。

漫画喫茶は5時間1200円。アマゾンで本を買い漁る。学生時代は買えなかったような本を買ってしまう。〆て6000円・・・。

あとは庭に差し込む太陽発電のライトとか・・・。そういうものを買っておく。アマゾンだと2000円以上だが、ニトリだと1000円とかで買えてしまう。

家に帰る前にニトリに寄ってポスターサイズの額縁を買う。オールポスターズが全品30%オフのセールをしていたので、ボルディーニの絵とか、ヴラマンクを買っておいたのだ。ボルディーニは800円くらいで買えたが、ヴラマンクは4000円以上した・・・。

ゴッホの絵が人気あるみたいだけど、発狂して耳を削ぎ落とした画家の絵を家に飾るセンスがわからない。新宿の美術館で「ひまわり」を見たけど、やっぱり少し禍々しかった。

ボルディーニは社会的に成功した画家だし・・・。そのせいか少しあざといような気もするけど、やはり好きだ。ヴラマンクは趣味。

オールポスターズのポスターはグレードによるのかもしれないが意外とチャチで印刷も荒い。まあポスターだから仕方ないのだろうがちょっとがっかりだ。遠目にはいい感じだが。

玄関が無駄に広いのでこういったところに絵を差し込んだり観葉植物を置きたいと願っていたが意外といい感じだ。

そういえば車も買う予定であって車種はミラジーノに決めた。乗り出し32万円、ミニ万円である。やはり形が好きなのと軽自動車で維持費が安い点、あとはコンパクトなMTなので楽しめそうという理由である。

車にはこだわりはなく雨の日の通勤用である。ただ最近のノッポ系の軽自動車やオゲレツなミニバンとか大嫌いで仕方がない。ああいう醜悪な車が庭に停まっていて不快にならないのだろうか?

ぼくの家の車庫はリビングに面しておりリビングの窓からバーンとクルマが望める。いまはバイクが一台止まっているがなかなか気分がいい。ここに先のオゲレツ車が停まっていたら毎日の生活が台無しだ。

ともあれ最近のコペンとかロードスターは良いと感じる。バイクと同じで古臭いデザインが一掃されていく方向にあると感じる。ただ、高いんだよな。あまりに・・・。

そんなわけで今日は散々金を使ったし遊び呆けた。田舎でも楽しめる。ネットさえあれば、引きこもり生活に拍車がかかるのだが。

家に帰ると、実家から炊飯器が届いていた。5年ほど前に買った奴で、けっこう気に入っているので届けてもらった。蓋をあけてみたら、封筒が入っていて、祖母から、就職祝いが届いていた。金額、20万円。手紙には、100万円あげますとあって、残りの80万円は必要になったら送りますとある。

これは、ナイスである、ナイスであるのだが、もし大学1年のときにくれれば、ぼくは留年することはなかっただろう。あまりに仕送りが少なくて、生活苦で留年したようなものだったから・・・(もっとも怠け癖に加えて、対人恐怖的な要素もあったが)。

就職祝いに100万円とは、なかなか稀有なことだ。感謝はしたい。ぼくは普段家族に対してぶっきらぼうだが、家族はちゃんと見ていてくれたみたいだ。

こういう血の繋がりというのは不思議なものだと思う。ぼくは孤独で、独立していると感じているが、他方ではこういう繋がりがある。

ともあれ20万円はありがたい。最近買ったデカイものはドラム式洗濯機と電子楽器で、それだけで20万円はいくのだから実のところクレジットカードの支払いが怖いのであった。

残りの80万円を要求することはないだろう。大学では、家賃を除けば月5万円の生活費でやっていけたのだから。

買い物を続けるのは良いのだがそれにともなうゴミの処分に困っている。

家の一室をゴミが占領している。田舎のゴミ出しは、はっきりと、恐怖なのである。ゴミを出すのが怖い。プライバシーを詮索されたり、家に怒鳴り込んでくるのではないか、そういう恐怖がある。いわゆる「ゴミババア」だの、「ゴミジジイ」といった類の害獣はおそらく田舎では多いはずだ。

実際のところ日本のゴミの分別は世界一のレベルで、その細かさは異常である。

いやいや、エコ大国のドイツでも分別は厳しいんだよーという話もよく聞く。ぼくもそんなものか、と思っていたが、在日ドイツ人がゴミの分別に困惑し恐怖するという記事を読んで考えをあらためた。

今日はゴミを出してないんです。すごく怖かったからです!また間違えがあると、どうしようと思っています!夜もぜんぜん眠れなかったんです!!!今、すごい寝不足です。おじいさんはなぜ、私のゴミ袋だって、分かりましたか。どうして私のアパートを知っていますか。多分追いかけました!!! いやな感じですね!!!スゴクブチ切れました。

やはり「ゴミ出しに恐怖を感じなければならない」ことは異常であるらしい(そりゃそうか)。

日本のガラパゴス文化がここにもある。日本だけはいまだ戦争中なのだろう。ゴミの分別をしない人間は「非国民」なのである。

市民による市民の監視という権力構造がいまだ残っている。

ぼくは思うのだが、ゴミジジイやゴミババアは、もし日本が戦争ともなれば、怪しい人間や反戦的な人間を嬉々として憲兵に突き出すに違いない。

フロムが「自由からの逃走」において指摘したことは、ユダヤ人をより苛烈に追い詰め、ファシズムに心酔した人間は、「中産階級の下層」にもっとも多いことだった。

このあたりの、無教養で、自分の無力感や無価値観に苛まれ、脆弱なアイデンティティしか持てない人々は、ファシズムの権威に大変な魅力を感じるものらしい。

同じ構造は戦時中のファシズム機構の末端組織(町内会)にもあっただろうし、現代のネトウヨにおいても同様だろう。

とにかく、ゴミをなんとかせねば・・・。クルマがあれば、自分で焼却場に持っていくのだが。それもどうなんだ、という気がしてならないが・・・。一度、役所と相談して自分の庭から回収してくれと言ってみようか。


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