4.14.2015

生活のゆたかさ

東京にいたときの生活の困窮は過ぎ去っていった。

かつての住居は日の一切当たらない住宅街の真ん中にあった。六畳間の1Rの窓の向かいには家の壁があった。日光もそうだし、風さえほとんど入ってこなかった。

玄関は北側に位置してここもひどく結露した。風呂も台所もなにもかもカビだらけだった。玄関を開ければ、こんにちは!5mの向かいのちっぽけな庭で毎日12時間ガーデニングを楽しむ「悲壮な老人」がじろりとこちらを睨んでくる。

東に位置する隣居には「賑やかな老人」がいてカンカンカンと朝五時にDIYを始めてくれる。やあ、賑やかだね。警察を呼ぼう。

ベランダの先1mに安っぽい偽レンガの壁をばーんと見せてくれる真向かいの家はおしゃべりな主婦がいてうるさく、夏場は窓を開けられない。そのおばさん以上にうるさいのが101匹ワンちゃんのブームで買ったのだろう黒ぶちの犬であり四六時中吠え続ける。よし、保健所に通報だ。

台所はまな板一枚置くスペースがなく流しの角に引っ掛けておかねばならずしくじるとすべてが流しに落ちた。

火口もひとつしかないのでパスタを茹でながらソースをつくるという芸当はできない。茹でたパスタを放置してソースを作る。麺は伸び切ってしまい最悪の食感だ。

風呂には窓がなくユニットバスであり黒カビの発生源であった。そのおかげか部屋中にカビが繁殖し、年がら年中ぼくは咳き込んだ。喘息になったと思い病院にいったがそれくらいなら換気扇を毎日つけるべきだった。

壁は薄く隣人の話し声が聞こえてくるくらいだ。たぶん普通に過ごしているだけだろう上階の足音もドカドカと鳴るので就寝の早いぼくは11時頃に起こされると苛立って天井に穴をあけた。

そんな環境でもなんとかやっていけたのは実際のところ実家もボロだったし、そこから始めての一人暮らしだったからだ。だいたいどこもこんなものだろうと思っていた。家賃6万とか8万円の友人のアパートへ行っても、部屋で桃鉄をして騒いでいると壁ドンのすごい音がしたし、そこまで大差はなかったようにも思う。

しかし、今の一軒家にきたら全てが変わった。革命的だった。これが生活レベルの向上ということか・・・。今まで住んでいたところ、東京の「閑静な住宅街」というべき地区が、ただのスラムだったことを痛感した。

とにかく自由で解放的なのであって、部屋で独り言もできるし、歌うこともできるし、音楽や電子楽器を鳴らすこともできる。窓をあければ30m先に隣家が見えるものの、大部分は山とか、「空」である。ときには田んぼで農作業をする老婆も見える。風も日光も何にも遮られずに入ってきて、空気もきれいで、本当にさわやかだ。

システムキッチンは快適そのもので、三つの火口とグリルもついたコンロで自炊が超効率化するし、収納が多いので部屋が汚くならない。冷蔵庫は勝手に氷を作ってくれるし、風呂はボタンひとつでお湯が湧いて、勝手に湯温を調節してくれるし、トイレは勝手に開いてくれて、勝手に流してくれるし、洗濯機はボタンひとつで洗濯から乾燥までしてくれて、もう二度と日干しすることはないだろうと感じる。

庭には3畳ほどのガーデニングスペースがあって、ホームセンターに行ったときには美しい植物を物色することもできるし、駐車場つきなので好きなだけ洗車やメンテができる。部屋にはスペースが多いので、気に入った絵を掛けることもできる、大きな絵も圧迫感がない。部屋も広いので1Rではとても置けなかったソファを置いたり一人がけの揺り椅子なんて西洋趣味のものを置くこともできる。それどころか部屋が余っていて、今はゴミ置き場になっているが片付いたら完全な趣味部屋にしてもよい。本をこれでもかと置いたり充実した電子楽器スペースにして友人が遠方からきたときのために他の楽器も置いたら楽しめるかもしれない。

海に行くにも山に行くにもいい環境で東京のように伊豆や富士山へ行くために渋滞を我慢しなければいけないということがない。最近林道バイクツーリングが趣味だったが日曜日に散策したら楽しめそうなガレ場を15分のところに発見した。同様に海釣り人が集結する場所を15分くらいのところに発見した。楽器の練習スペースが最大の懸念だったが市の施設で楽器練習室も発見した。つまり休日は楽器を楽しめるし、バイクを楽しめるし、釣りも楽しめるというわけだ。もちろん家で落ち着いて読書をすることも可能だ。

なかなかにいい生活である。もっとも、これは都会から田舎への変化だけでなく、貧乏学生から社会人への転換という要素もあるが。

田舎へ行けば寂しくなる、東京に戻りたくなると予想していたが、そのようなことはない。田舎へ出向した友人などは、休みになると用事もないのに東京に行き、満員電車に揉まれ、スクランブル交差点的な雑踏に浸りたくなるとのことだが・・・何という逆転だろう!

もっとも、生まれながらの江戸っ子ならぬ、生まれながらのメトロポリタンというのは同世代にたまに存在する。彼らは、田舎のなにもない空間に恐怖し、手付かずの自然におびえ、東京へ戻って周りに高い建物が見えてくるとほっとするのだという。一般的な感覚とは真逆だろうが、彼らにとっての故郷はそういうものなのだろう。


ともあれ、田舎では、趣味の良い人間は少ない。平日は仕事、休日はパチンコ、それだけ。という人も少なくない。何というか、哲学を持って生きている人間は少ないように感じる。空疎で、何ら特筆すべきこともない人生だ。それでも、別に他人の人生は他人のものであるから、自分は自分の人生を豊かにすればよい。

哲学を持った人間は東京でも滅多にいるものではないし、そのような人間と直接会ったところで、「哲学のある会話」なんて絶対にしないだろう。言葉の端々から高潔さを感じ取とって、なんとなくラポール形成をするだけである。

だから、哲人とのもっとも優れた対話とは、書物やネットのようなテクストを通じて行うことが良いのであって、別に某アイドルのように会って話せる必要はないのである。



最近ぼくの住んでいるところは東京で何かがあったときの「避難所」として別荘など買われることが多いらしい。東京という場所は、魅力を失いつつあるし、また危険な場所にもなりつつある、と感じる。

最近の強行的な政治(国民軽視、報道弾圧)がある意味でヤケクソ染みているように見えるのは、遠からず政治的転覆、それでなくとも大異変が起こることを政府が予想しているのではないかとぼくは想像する。

日本が抱える巨大な時限爆弾は「原発の晩発障害」だろう。傷つけられた遺伝子は数年経って(おそらくその兆候はすでに出ているだろうが)悪性腫瘍や臓器不全を引き起こす。これは極めて自然科学的な論理である。

日本人は権利意識が薄いから、公害への反応も小さい。水俣病などの反応が薄く、政府も対応がにぶかったのは、行政の不誠実さもさることながら、国民の声が小さいことも一因である。

ところが、東京という世界有数の都市、日本一の都市がもし公害に晒されていたとなれば、どのような反応が起きるかは予想できない。日本では前代未聞の事態となるだろう。

東京が事故直後のフォールアウトに見舞われたことは事実である。また、ぼくの知る限りスーパーの生鮮品などは線量的にかなりヤバそうなものが売られていた。もちろんお上が「食べて応援」などと言っているのだから、別に驚くことではない。

おそらく東北の原発付近ほどではないだろうが、健康被害は東京でも確実に起きるだろう。そのときの恐慌は凄まじいものになるのではないかとぼくは思う。

もっとも、その反応は事故直後のように、一部の知識人や富裕層にのみ起こるのかもしれない。大衆はいつもどおり上手に統制されるのかもしれない。どれだけ学者やジャーナリストが適正な指摘をしようと、マスコミのすべてが「アンダーコントロール」なのだから、大衆はテレビの方を信じるだろう。

ただ最近の政府のヤケクソを考えてみると、もう彼らは後先のことをあまり考えていないようにも思える。つまり今後はある種の「ドサクサ」が起きるのであって、為政者の小さな悪事などどうせかき消えてしまう、と予想しているようにも感じる。

一月から日本がどんどんキナ臭い方向に向かっているという皮膚感覚があった。その原因は、こういった政府の無軌道な態度にあったのだな、と今になって思う。



まあ田舎の話からだいぶ遠くなったが、田舎へ引っ越した理由のひとつに、原発事故があったことにも変わりない。適切な情報が開示されない以上疑いは決して晴れるものではない。

東京がもしも安全に住める環境になれば、また戻っても良いかなと感じる。

あと、家賃が安くなれば・・・。

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