4.27.2015

ゾロアスター教と高野山

体調悪い。風邪と吐き気。

昨日は高野山へ行ってきた。なんの因果かわからない。ただ、山をちょっと運転してみたかっただけだ。

車で数時間、軽自動車には厳しい坂を上ったところに高野山はある。高野山は密教の総本山ということになるらしい。弘法大師空海の修行の場。

が、宗教に興味あるといっても、ほとんど知識はないがために、寺を散策して、デザインや但し書きを眺めるだけにとどまる。ひとびとは、境内に入ってひざまずいたり、お経を唱えて礼をする、賽銭箱に金を入れるなど、さまざまだった。

寺の数々はたしかにすごいものだった。その中へ入っても、仏像とか、宗教画のような、文化遺産が非常に多い。

それにしても、何本もの腕で剣や宝玉を持ち、舞踏するような躍動感で、おそろしい顔でにらんでくる神像があり、一般的な仏教のイメージとは違うと感じた。

仏像といえば、慈愛の微笑みをもっているものというイメージがある。あの中性的なほほえみは、男であり女であり、母であり子どもでもあり、人間をどこか超越したものがある。しかし、破壊神的な神もあるはずであり、というかよく考えれば大黒天ってシヴァ神だ。
大黒天ー日本には密教の伝来とともに伝わり、天部と言われる仏教の守護神達の一人で、軍神・戦闘神、富貴爵禄の神とされたが、特に中国においてマハーカーラの3つの性格のうち、財福を強調して祀られたものが、日本に伝えられた。密教を通じて伝来したことから初期には主に真言宗や天台宗で信仰された。
密教とシヴァ神はセットで日本に持ちこまれた。

日曜日の高野山はお祭り騒ぎのようで、混雑するバス、わいわい、がやがやのおばちゃんなど、およそ宗教的な聖地とは思えない騒々しさだった。それを警備する現地の人々は、どこか下界のひとびとを見下しているようにも感じた。

聖地といえばインドのバラナシに行ったことがあるが、あそこはもっと静かだったように思う。日本人は、とにかくお祭り騒ぎが大好きだ。これも宗教的事情なのかもしれない。

高野山を散策して気がついたのは、天皇との関係が深いことである。いたるところに「天皇陛下」の立て札がある。それ以外でも、皇室と関係するような記述が多々。なるほど、高野山の念的なエネルギーは天皇に持っていかれるのか、と妙に納得した。

というか、そもそも嵯峨天皇が高野山を空海に与えたのか・・・。無知って怖い。

境内にいるときに、ぼんやり考えながら歩いていたのだけど、あるときはっとしたことに気づいて、少し怖くなるくらい驚いた。密教ってゾロアスターと関係あるんじゃないのか?と。ゾロアスターも密儀宗教だし。

高野山に行く前日に、ゾロアスターについて書いていた。ギリシャ哲学とキリスト教の根底にあるゾロアスター。おそらくゾロアスターのなぞを解明することが、西洋思想を理解するうえで極めて重要になるはずだった。

ところが、西洋思想だけではなく東洋思想においてもゾロアスターは関係するのかもしれない。仏陀が生まれる百数十年前にゾロアスターは生きていた。

大いにあります。ゾロアスター教は別名「拝火教」とも呼ばれ、儀式の際に火を焚くことを大きな特徴としていますが、日本でもお盆の「火送り」(迎え火や送り火を焚く風習)や、密教の「護摩焚き」など、火を使う儀式が数多くあり、これらの多くはゾロアスター教に何らかの影響を受けている可能性が極めて高いと考えられます。・・・
私も田舎でお盆に火送りをするのを見たことがありますが、儀式の内容からすると、明らかに仏教よりもゾロアスター教の影響を受けている・・・と考えた方が妥当だと思います。・・・また、仏教の教派の中に「密教」というものがありますが、これもゾロアスター教の影響をかなり受けています。ゾロアスター教そのものというよりも、ゾロアスター教と仏教両方の影響を受けて成立した「マニ教」と「ミトラ教」という宗教がありますが、これが東洋人には仏教と区別がつかずにそのまま仏教の一教派として受け入れられてしまった・・・と考えられます。事実、「密教」という言葉は「ミトラ教」そのものを表しているという有力な説もありますし、密教の寺院に行くと、はっきりとマニ教の開祖である「マニ」(摩尼?というような表記)の名が記載されて祭られています。

 知恵袋のアンサーだが。ミトラ教=密教?眉唾だな。

ゾロアスター教と日本宗教の関係を調べようとすると、必ずオカルト的なサイトに飛んでしまう。そういう人は、「宇宙人」とか「爬虫類人」とか、平気で言われてもとまどうしかない。

きちんとした文献にあたることだろう。


いまとなっては、ゾロアスター教の信者が減少傾向にあり、存続が危ぶまれているという。それは入信の条件が極めて厳しいからでもあるのだが(血縁が必要)、このことが疑問だった。宗教って普通、信者を増やそうとするものでしょう。だからエホバや層化のようなエセ宗教は総力をあげて勧誘活動をする。

実際、ゾロアスター教はキリスト教に敗北した。エルンスト・ルナンいわく、「もしキリスト教の成長がいくつかの致命的な病によって遅らせられていたなら、世界はミトラス教化されていただろう」。ポテンシャルはあったということか。

そういえば、織田信長が高野山を焼き討ちしたこともあった。この虐殺はキリスト教伝道師にそそのかされて、ということだったそうだが、日本におけるゾロアスター教とキリスト教の戦いともいえるかもしれない。

しかし、敗北したゾロアスター教はといえば、特別焦っているようにも思えない。妙に泰然としている。

この理由は、もしかしたら、仏教とキリスト教に、ゾロアスター教が組み込まれているからかもしれない。たしか、イスラム教とも関係は深かったはずだ。

キリスト教や仏教を信奉しているつもりが、いつのまにかゾロアスター教を信奉していることになる。そうであるなら、ゾロアスター教は永遠に不滅といえるのかもしれない。

皇室とゾロアスター教の関係はどうなるんだろう。同じ太陽神だし。皇室ってほんと、オカルトな世界だなあ・・・。

そういえば、「日本人はクリスチャンでもないのにクリスマスを祝う」と、節操のなさを馬鹿にされることが多いけど、そもそも12月25日の祭式は本来、キリストの聖誕祭ではなく、太陽神を祝うものだという。
ローマ帝国時代、12月25日(冬至)にはナタリス・インウィクティと呼ばれる祭典があった。この祭典は、ソル・インウィクトゥス(不敗の太陽神)の誕生を祭るものである。このソル・インウィクトゥスとミトラスの関係をミトラス教徒がどう考えていたかは、当時の碑文から明白である。碑文には「ソル・インウィクトゥス・ミトラス」と記されており、ミトラス教徒にとってはミトラスがソル・インウィクトゥスであった。ミトラス教徒は太陽神ミトラスが冬至に「再び生まれる」という信仰をもち、冬至を祝った。(短くなり続けていた昼の時間が冬至を境に長くなっていくことから)。
現代において、12月25日は一般にイエス・キリストの誕生日とされキリスト教の祭日「クリスマス」として認識されている。しかし、これはキリスト教が広がる過程で前述の祭を吸収した後付けの習慣である。『新約聖書』にイエス・キリストが生まれた日付や時季を示す記述はなく、キリスト教各宗派においてもクリスマスはあくまで「イエス・キリストの降誕を記念し祝う祭日」としており、この日をイエス・キリストの誕生日と認定しているわけではない。(wikipedia

ゾロアスター教、恐るべし。

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