5.18.2015

厭国感

頭が痛い。また、酒を飲みすぎたようだ。

自分のしたいことを考えてみても、よくわからない。人間のそれぞれがどのように自分の人生に納得しているのかも、同様にして、わからない。

世の中には満足そうな顔をしている人ばかりだ。通いなれた路を歩むかのように、人生を歩んでいる。それはうらやましいと同時に、寒気のすることだ。

田舎に住んでいると、個性的な人はほとんどいない。個性的とは、かつてなかったし、これからもないだろう人物のことだ。

例えば、うるさい子どもを引き連れて、ミニバンに乗っている、あるいはミニバンを買うことが夢の、マイルドヤンキー的な人物。こういう人は、どれだけ見つめても、三秒目を閉じれば忘れてしまう。

田舎は循環する。それは田畑のようにだ。農作物に望まれることは、まず第一に、毎年安定して供給されることだ。

彼らはまさに輪廻の渦をぐるぐると回るのだろう。それは無知と幸福の渦だ。


田舎の人々の好むミニバンも、軽自動車も、日本独特のブームだ。したがって外国メーカーの参入がなく、日本の自動車産業=国力の上昇に一役買っている。つまり、ミニバンに乗る人々は愛国者なのだ。(その証拠に、日の丸マークがよく付いている)

それにしても、ぼくが(醜悪なミニバンの走っていない)海外に出ようという気分になったということは、憂国、というより「厭国」的なムードが全国的に高まっているはずだ。

だからこそ、少し前に、メディアで「日本はこんなにすばらしい国なんだ」という日本再発見的な番組が盛んに報じられていたのだろう。ぼくはテレビを見ていないが、ネットでそういうブームがあると知った(「愛国ポルノ」と呼ぶ人もいるようだ)。

ネットにおいてもその有様は変わらなくて、「外国人から見た日本」関係のブログが大人気だ。その「外国人」はただの烏合の衆なのだが、それでもアホにとってはありがたいらしい。

おそらく、マスメディアが官製報道であるのと同様に、ブログもある程度は国策的に作られている面もあるのだろう。例えばgoogleで日本の不満点を検索しようとすると、必ず撹乱されてしまう。

「日本の子どもはなぜ過度に騒がしいのか?」という点を調べようと検索する。すると、「日本の子どもはおとなしい!すばらしい!」というような鼻白む記事がずらっと出てくる(ほんと気持ち悪い)。

このあたり、固有の言語をもっている島国だからできる情報統制だろう。日本が英語圏であれば、こうはいかないはずだ。こうも煙幕を張られてしまうと、ネットは真実を語る、なんて嘘の時代になってしまった。

「日本はすばらしい!」という価値観と、「ミニバンはかっこいい!」という価値観はよく似ている。それはあくまでも作られた価値観であり、洗脳であり、管理=呪縛であり、したがって自由な立場にある人間からすれば、まるで理解できない考えだ。

現実的に考えれば、老人があふれ、子どもが生まれず、原発事故という負債を抱えたこの国には未来がないだろう。官僚は腐敗し、マスコミは隷従し、大企業は癒着し、大衆は愚昧化し、という具合なのだから救いがない。

だからといって、海外だから安住できるとは限らない。それは当然だ。重要なことは、より安全な国を見つけ出すことではない。どこか別の国に行ける、という自由を得ることだ。

それにしても、もっと金を貯めなければ!今は我慢して労働に身を沈めよう。

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