6.12.2015

嘔吐

昨日の午前2時ごろ、突然悪心を感じて目覚め、トイレに駆け込むと、寝る前に食べた豚肉ともやし炒めを、全部戻してしまった。そうして、朝6時まで、吐いたり、落ち着いたりを繰り返していた。

はっきり言って、まるきり病気でふらふらだったけど、会社には行った。仕事にはならなかった。けど、日本の会社だから、とりあえず出勤しておくことは大切なことだ。がんばってる姿を見せること、これがすべてだ。

強力な胃薬を買って、胃の不快感はよくなったけど、こんどは頭痛とだるさが残ったので、頭痛薬を飲んだ。それでも、ひたいがすごい熱を持っていた。次は解熱鎮痛薬を飲んだ。

風邪なら薬を飲めばいい、胃痛なら胃薬を、不眠なら睡眠薬、鬱病なら抗欝剤、なんでもとりそろえているから、働け……。

「昨日夜中に気持ち悪くなって目覚めたんです」と言ったけど、会社のひとたちは、冷たかった。体調管理もできない奴め、といった視線を感じた。タイチョウカンリも、シゴトノウチと。

そうだから、仕事中ぼくはさんざん見えないSOSのサインを出したけど、怠け癖、仮病のように思われたらしい。

もう、熱と吐き気と頭痛で、ふらふらだったから、耐え切れず肘をついて仕事をしていた。そうでなければ椅子から転げ落ちそうだったからだ。すると、先輩社員が「暇ならこの仕事をやってくれ」と頼んできた。本当に、叫びそうになったけど、心の中で抑えた。休憩時間にトイレにいくと、血尿が出ていた。

でもまあ、耐えられる、この人たちが、人間の心を失っているのは、しかたのないことだ。他者を慈しむ心とか、他者の苦しみに共感する能力を失っていたり、仕事がすべてだと考えて、仕事では有能だけど、生活を見失っているとしても、そしてそれを当然のように考えていることも、しょうがないことだ。

家に帰ると、18時ぐらいだったが、すぐに布団に崩れ落ちて、寝てしまった。そうして、12時間まるまる寝たら、気分は良くなった。18時に帰られるから、それは、よかった。世間では21時帰宅なんて普通のことなのだ。それなら、今日も苦しみは続いていただろう。


統治は法に優先する、当たり前のことだ。町内会を解体してしまえば、ブラック企業を駆逐してしまえば、日本の統治は終わる。少なくとも、現在の統治様式は終わることになる。

それは自民党的支配とも言えるが、自民党的支配とは、ほとんど日本的支配とも言えるだろう。だから、いちがいに、法律を徹底しようとしても、それが日本のためになるかはわからない。

もっとも、西欧国は法で統治されている、文字通りの法治国家だ。それは歴史的背景によるものと言えるのかもしれない。日本では法と統治は結びつかない。日本の統治は法よりも善意によるもので、そうだから法治国家ではない、と言い切ることができるだろう。

ひとびとのそれぞれが、自分の法的な権利意識に目覚めて、主張しだすようになったら、この国は間違いなく転覆するだろう。それが良いことなのかはわからない。ぼくには、仕事漬けになっている人々は、案外、幸福だと思う。ただその生活が、ぼくにはまるきり合わないというだけだ。

世の中には、町内会の労務や、企業の過酷な労働の中に救いを見出す人がいる。そういう人は、ぼくから言わせれば「サイコパス」という類の精神疾患なのだが、それでも彼らは日本では「もっとも適応した人」になる。たとえば、日本では、和民の社長のような典型的なサイコパスが自民党から出馬していたりする。(よく考えれば、首相のA氏もその気がある)

Psychopathy Checklist (PCL)
1. 口達者/表面的な魅力 12. 乱交的な性関係
2. 過去におけるサイコパスあるいは類似の診断 13. 幼少期からの行動上の問題
3. 自己中心性/自己価値の誇大的な感覚 14. 現実的で長期的な計画の欠如
4. 退屈しやすさ/欲求不満耐性の低さ 15. 衝動性
5. 病的に嘘をついたり人を騙す 16. 親として無責任な行動
6. 狡猾さ/正直さの欠如 17. 数多くの結婚・離婚歴
7. 良心の呵責あるいは罪悪感の欠如 18. 少年時代の非行
8. 情緒の深みや感情の欠如 19. 保護観察あるいは執行猶予期間の再犯の危険が高い
9. 無神経/共感の欠如 20. 自分の行動に対する責任を受け入れることができない
10. 寄生虫的な生活様式 21. 多種類の犯罪行為
11. 短気/行動のコントロールの欠如 22. 薬物やアルコールの乱用が反社会的行動の直接の原因ではない

サイコパスが居心地のよさを感じる社会だ。だから日本社会はサイコパス化した、と言えるだろう。

では、その対極に位置する神経症のぼくは、どうすればよいのだろう。

ひとつには、日本に残って、社会転覆に寄与することだ。それには、ペンの力とか、デモ行進が必要なわけではない。ただ、死なずに、生きているだけでいいのだが……。

もうひとつは、サイコパスではない国家に逃げ込むことだ。これは一般的な法治国家で十分だ。

まあ、現実的には後者ということになるだろう。簡単だし。

最近思ったのだけど、十分な収入さえあれば、日本でもそこそこ快適な生活を送れるという目算がついた。それは豪勢な一軒家に趣味のいい車、よい労働環境とよい仕事内容、よい楽器とよい書物、静寂と平安に満ちた生活だ。

しかし、周りの(サイコパス以外の)人間がすべて苦しんでいるのに、それに耐えられるだろうか、という気がする。年収1000万円くらいのひと、世間的には大変恵まれた境遇にある人は、こういった苦しみにどう折り合いをつけているのだろう。

つまり、貧しい人々から椅子を奪っているという現実、自分が富む代わりに、何十人もの人々が、貧困に陥っているという現実。ぼくにはどうも、「自己責任」という呪詛で片付けることができない。貧しい人を見ることは、やりきれないことだ。

ここでいう貧しさは単なる金銭にとどまらない。テレビなんかで朝の通勤ラッシュを見ると、悲しい気持ちになる。彼らは時間も、肉体も、ドブのなかに突っ込んでいる、と。わずかな賃金の三分の一を家賃につぎ込み、チェーン店やコンビニ弁当の毒残飯で胃袋を満たす彼ら。

ぼくからは、東京に対する憧憬は消えうせてしまった。おそらく都市一極集中も自民党的支配の一端なのだろう。たぶん、正常な感覚、権利意識を取り戻した人間には、都市部は魅力的にうつらないだろう。あまりにも、人口過密すぎるし、生きていくには過酷すぎる。

人々が、都市のネオンや夜景に気をとられずに、田舎の星空の美しさに気づいたときに、自民党支配は終わる。それはサイコパスから人間への揺り動かしだ。

その揺り動かしは、いつくるだろうか、と考える。某ネコブログは、10月ごろと予想しているけど。



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