6.20.2015

もっとも持つが、もっとも持たない人

ぼくらは、夢を奪われて生きている。

昔、ぼくがなりたかった職業は、冒険家であった。

小学校くらいには、漫画家になりたいと思った。腕はいまいちだったが、漫画は、さんざん書いていた。

中学校にあがると、少し現実的になって、SEになろうと思った。当時はITバブルで、SEは憧れの職業だった。HTMLや、PHPに取り組んだ。

大学生くらいになると、プロの音楽家になろうと思った。それは、ある部分で可能になったときもあるけど(報酬を貰えばプロ、という定義ならば)。

現実のぼくは、地方に生きるサラリーマンで、税金をたっぷり払い、経営者を潤わせている。

痩せっぽちの給料で一ヶ月を働く。一生懸命働く。抑うつに襲われても、病苦の重い身体を引きずっても、とりあえず出勤して、タイムカードを押す。

労働の循環は、ぼくをじわじわとなぶり殺しにしてくれる。

鈍感な人間たちは、疑問をいだかない。それどころか、こうした生活に喜びを見出しているらしい。彼らは仕事を楽しい、という。彼らは、少なくとも0以上の喜びを日々得ている。やりがいがある、充実している、彼らは目を輝かせ、飛び跳ねる。

ぼくはといえば、毎日収支計算はマイナスなのだ。つまり、毎日、何かをすり減らしながら生きている。だから、ぼくは自分の背後の血糊を見つめて、ため息をつくしかない。

財布の中には、血と肉の刻印のついた紙幣がある。ぼくには、これを手放しには使えない。同じ、血と肉に戻す以外には。

たかだか、数十万円や数百万円のために、人生を台無しにすることは、悪魔的な所業だと思う。しかし、日本人はもう悪魔になってしまったのだ。おそらく、サイコパスとは悪魔である。ギーターでいえば、激質の人間。

だからといって、労働からぼくは逃れられない。賃金のない労働というのはありえないし、賃金がなければぼくは生きていけない。

とはいえ、ぼくの労働は8.5時間で終わり、世間の人々より高給だし、家賃もほとんど払っていない。昨日、会社の人間が言っていたが、ぼくの先輩は、私大の教授職より上の金を稼いでいるらしい。

そうだから、ぼくは金銭と、労働環境において恵まれている、と言えるのかもしれない。

しかし、そのことが何を意味するだろう?それが、幸福なのか、裕福であること、所有していること、そんなことが。

ぼくには高級車よりも、一匹の猫の方がはるかに貴重に思えるし、高名な絵画よりも、わずかな雲に飾られた海辺の夕日の方が美しいと感じる。夕日は所有できないし、猫も……犬との主従関係と比べれば「所有できない」と言えるだろう。友情を所有できないのと同じで。

所有、あるいは占有できるものに、だいたい、価値はないのだ。

だれもがこのことに気づいてしまえば、資本主義社会は崩壊する。だから、人間が、夕日に、とってかわった。政治家やアイドルは時に、太陽の代わりをする。猫の振りをする人間もある。人間は大真面目に、仮面=メタファーをかぶってみせる。このようなたわいない喜劇が、現代の「進歩的」社会なのだ。

金を持つことは、人を持つことだ。それは人間売買、家畜人ヤプーを購入することでもある。美しい女も、よく働く奴隷も、学者や政治家たちを言いなりにさせることも、金さえあればそれなりに可能だ。

しかし金で動くのは、人間でしかないという限界も持ち合わせている。そうだから、金持ちがもっとも恐れるのは、太陽であり、海であり、星なのである。金持ちは、焦燥感にかられて、太陽を得ようとする。つまり、アイドルと寝ようとする。政治家に懐柔しようとする。絵画を購入する。しかし、それはただの仮面であることに、すぐ気づくだろう。

彼らはつねに欠乏しているのだ。彼らは金=人間は潤沢に持っているが、それだけでしかない。彼らはもっとも持つが、もっとも持たないのである。彼らはもっとも満足し、同時に欠乏している。

金は、大した意味をもっていない。手段の目的化……。「逆立ちした世界」。

ぼくはオリンピックが大嫌いで、スポーツも嫌いなのだが、それは手段が目的化しているからである。実に、資本主義社会とは、手段の目的化が絶対的基盤であり、もはや教義と言ってもいいくらいだ。

自転車で、遠いところへ出かける。これはすばらしいことだ。しかし、狭い競技場で、くるくる回るだけの自転車競技に、まったく価値を見出せない。それをやることも御免だし、見ることも御免である。

しかし、これを肯定しなければ、資本主義も肯定できない。

だから、世間の大金持ち連中が、オリンピックを愛することもわかる気がする。オリンピックという四年に一年の祭典は、資本による支配の再確認なのだ。オリンピックで人々が熱狂すれば、それはよき統治の表れなのだ。

5年後に控えた東京オリンピックは、おそらく悲惨な結果に終わるだろう。それは資本主義の終焉とちょうど重なるのかもしれない……。

逆立ちした世界は、いずれ、倒れる。と、よくわからないことを書いて終わる。

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