8.26.2015

財産を増やすべきか

昨日給与が振り込まれた。貯蓄額が高くなる。これを、寝かせておくだけでは「損」というものだ。今はゼロ金利の時代なのだし……。

世の中の個人投資家を見ていると、作り上げられた空気感にまんまと乗せられているように思う。日本は好景気なのだ、と思っていればそれだけで売りのタイミングを逃してしまう。

まともな経済感覚をつけたいものだ。そのためには、テレビなど観てはならないだろう。テレビとは、少数の勝ち組(エリート)による、多数の負け組(庶民)の支配である。ということは、テレビが有益な情報など流すわけがない。もっともジャーナリズムが権勢に(表向きにも)組み込まれているのは先進国で日本(と中国)くらいだが。

経済感覚とは、新車で車を買わないこと、ブランドものの衣類を買わないこと、消耗品は廉価なものを買うこと、など……。新車のベンツを買えば、資産価値は半年やそこらで激減する。1000万円がすぐに6,700万円になってしまう。人は知らずのうちに300万円を強奪されることになる。こういうわけだから、車は中古車に限るのだ。衣類などは、自宅でタグを切った時点で価値は激減する。

結局のところ、投資とは財産を増やすために行うのだ。上のような浪費をするようでは、財産など増えるわけがない……。そう、投資とは財産を増やすために行うもので、ギャンブル遊びではないのだ。ここのところを多くの人がはき違えている……。

それにしても、抵抗感がある。相変わらず、「自分が豊かになるべきなのか」という点がわからないのだ。つまり、自分が富裕層であるべきなのか、ということだ。あらゆる哲学書や、宗教書は清貧を説く。飢えたる者に汝のパンを裂き与えよ――財に恃むものは悪魔だと。(セネカは例外で、「金はないよりあった方がいいから持っているのだ、それの何が悪い」と開き直っている)

ともあれ、経済的呪縛から解放されることは必要かもしれない。私は億万長者になったところで、相変わらず人生の虚しいことには変わらないと思っている。労働から解放されれば、苦しむ時間が増えるだけだということもわかっている。財を所有すれば、今度は財に所有されるだろうことも、漠然とわかる。

こういう倫理的な思考はまだ保有している。しかし、金があったなら!という欲望もある。500万円くらいあれば、私は現在の仕事に見切りをつけ、数年ばかり海外を放浪するだろう。もし何億円かあれば、北海道にスイス風の豪邸を建て、北欧デザイナーの家具に囲まれ、本を読むだけで静かに過ごすだろう。あるいは北欧に移住してしまうかもしれない。現地の何倍も高い輸入家具を買うよりは、現地で買った方が、いろいろなコストを勘案しても安いかもしれない。

それ以上の欲望は特にない。私は遊びを知らない田舎人だから、「都会で豪遊」などということがわからない。何度か高級料亭に連れられたりするが、居心地が悪いだけだった。

だから、私はある程度、財を持つに値する人間だと思う。私は欲に溺れないだろうからだ。金は虚しいものだとわかっているので。

投資の本は腐るほどあるが、それよりも古典文学や、宗教書を読んでみようと思う。財産を持つべきか、もう少し考えてみたいと思うのだ。

1 件のコメント:

  1. 金がないと知恵が付くなどのメリットもある。
    金だけが財ではない。某カード会社のCMにもあったよね。~priceless。
    「お金で買えない価値がある。買えるものは○○Cardで。」フローレン

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