8.05.2015

nowhere

考えることを辞めてしまえば快適に生きていける。

就職してからというもの、人生は確実に空疎になった。これでいいのかもしれない。大学のときは、おそろしいほど雑多な内容に、悩み、苦しみ、考え抜いていたものだと思う。私は、今は、頭を使うとなれば、せいぜい本を読むときくらいのもので、肉体は流動化し、考えずとも、いろいろな動作をし、労働をこなしている。

生の目的なんてわかりはしない。目的なんてなくてもいいのかもしれない。人間はいつしか人生の目的を快適さだと考え始めた。より快適な車や家を得ることが人生目的になった。まあ世の人々の考え方も私にわからないでもない。私も快適さを求めて田舎の戸建てに引っ越したのだし……(現実には、いまでも車の騒音に悩まされているが)

しかし苦しみが消失した先には別の苦しみが待っているものであり、最後には退屈という拷問が控えているのだから、生活レベルをあげることに、そこまで時間をかける必要もないように感じる。

人生の目標はわからないが、私はいろんな芸術作品を見たいと思うし、本を読みたいと思う。私が考えた以上のことを、考えている人が、本の中には幾万もいるのに、それらの人物は現実の私の近辺にはひとりもいないという索莫さは、おそろしい。

もっとも、私より賢く、私より成功している人物が身近にいれば、嫉妬に狂ってしまうかもしれない。私がなぜ彼ではないのか、私より彼がなぜ真理に近いのか、と嘆くかもしれない。そうだから、本という距離感はすばらしいと思う。それに、古典だとなおいい。時間的距離が、差異を増幅させ、それを目立たなくしてくれる。

私に一年の自由をくれないだろうか、読みたい本が溜まっているのだから。そんなことは許されないのだろうか。私に一年の自由をください。ちょっと海外旅行に行きたいのです。

海外旅行を考えると、うんざりする。それはたいてい、苦痛に満ちた体験だからだ。暑さ、寒さ、悪臭、汗、質の悪いホテル、詐欺師、ドラッグ、吐き気+腹痛+トイレがない。個人旅行とは、そういう濃厚な苦悩を引き受けることでしかない…という気がするが、私はアジアばかり旅行しているので、欧州やアメリカではそういうことはないかもしれない?

いくらあれば、世界旅行ができるのだろう。もう飛び立てるのかもしれない。でも100万円じゃ、少し、足りない気がする。200万円貯めるまで待とうか。円高の時代ならよかったけど。旅行の最悪の苦痛は、時間に追われることであり、次に金のなさに追われることである。たっぷりの時間、たっぷりの資金で旅行に望みたいものだ。

飛行機代がいちばんのネックだ。アメリカに行ったら、中古のバイクを買って、それで散策したいと思う。自分でも直せるようなオフロードバイクだ。「禅とオートバイと修理技術」という本が好きだった。あれはたしか、ホンダのビジネスバイクでアメリカ一周をしていたと思う。

そうして、南米を下って行って、南米を一周してみたい。これで、アメリカと、南米は制覇できる。カナダも行けるのかな。カナダ……何もなさそうなイメージだけど。ヨーロッパもバイクがいいのかもしれない。それならいっそ、バイクで世界一周とかどうだろうか。しかし盗難や、強盗が怖いし、パンク等のトラブルに対処できる自身がない。

このように夢(妄想)を広げてみたところで、現実の私は、今日も9時間以上を、労働に費やさなければならない。労働の単純な繰り返しが、私を待っている。田舎の小企業勤務は、やるせない気分になる。大企業で働く人々は、人生のすばらしさを謳歌しているのだろうか。必ずしも、そうではないのだろうが……。しかし、エリート意識に浸れるというのは、いい気分だろうな、と思う。私は、そのような価値を認めないから、快適さを優先させて田舎に行ったが、同僚がある程度の高学歴であり、教養人であれば、それは楽しいものだと思う。もっとも、高学歴でも、大企業に入るような連中は、教養人とは限らないだろうが。

ともあれ、自分が「高級」であるという感覚は、すばらしいに違いない。それこそ、私に欠如しているものだ。自分は縦軸で考えると、つまらぬ地位を占めている。田舎の小企業の平社員なのだから。今日も山を切り開いた山道を、品のない軽自動車と、軽トラに挟まれて出勤する。縦軸なんてない、そう考えるのは簡単だが、偏差値教育を受けてきた我々から、その教義がそう易々と消えるものではない。縦軸という価値観が、日本を占めている。

これからの文学は、と唐突にひらめいた、これからの文学は、世界的なものでなければならない。日本文学という、せせこましい、自慰的な文学は消滅するだろう。世界的視点で、日本を再評価すること、これができなければ二流の作品になるだろう。それは、邦画がダメになり、アニメがクソと化したのと同じ理由による。閉じこもった人間には、日本の芸術をクソと認めることすらできていない。文化的退廃は、うちに閉じこもることにある。なにしろ、手を伸ばせば世界が手に入る時代だ。日本を相対化せねばならない。

ああ、仕事の時間が待っている。辛い。水曜日は、辛い。

0 件のコメント:

コメントを投稿