9.24.2015

上級国民・一般国民

今日は激しく雨が降っている。障子ががたがたと揺れている。

輸入家具が欲しいと思ったがそのようなものはこの近辺では売っておらず、通販ということになるのだが、その送料だけでも数万円するので弱っている。

いちおう近辺のインテリアショップへ行ったが、10万円以下で買えるようなものは合材とか加工品ばかりで木材本来の味わいは皆無と言ったものだった。

高値を出さなければ純木材の家具が買えないとは悲しい時代ではある。

景気が傾くと人々はますます合成品に依存するらしい。いま、どれだけの人々が生ビールを飲めているだろうか?ほとんどの人は第三のビール、よくて発泡酒なのではないか。第三のビールは正確には「ビール風アルコール飲料」であるから、これは「合成ビール」ということになる。

本物のチョコレートとか、本物のパン、本物のバター、本物のベーコン……。あるいは、本物の木材とか、(プレハブではない)本物の住宅のようなものを手に入れようとすると、日本では極端に生活コストが高くなる。

これは、消費者の心理が「安ければ安いほどよい」となっているからだろう。庶民が高級品に憧れることはなくなった、みな、軽自動車でいいと思っているし、外食はファミレスでいいと思っている。雑貨はダイソー、服はユニクロやしまむらというわけだ。

そういうわけで、廉価品については価格競争が行われるけれども、高級品の相手は富裕層に限られることになったので、ここに価格競争は行われることは逆に少なくなっているのかもしれない。

世の中が「大部分の貧困層」と「一部の富裕層」というふうに二極化してくると、商品もまた二極化してくるものらしい。

例えばスーパーにはよく高価な輸入チーズのコーナーがあるが、これを貧困層の人が見るときには、「だれがあんな高いものを買うんだろう」といぶかるだろうけども、富裕層はこうしたものしか買わないということがあるのである。舌の肥えた富裕層は、水と油で薄めた国産の低品質のチーズなど、食べる気が起きないのかもしれない。

私は収入で考えると、富裕層とは言えないけれども、貧困層というわけでもない、中間層ということになる。今は、こうした人間にはほとんど魅力的な商品はない時代である。品質は良いが、高すぎるものか、安いが品質の悪いものばかりという気がする。

そうだから、そこそこの品質で、そこそこの値段のものは、ヨーロッパあたりから輸入するのが良いということになる。やはりこれも商品と社会の連関に拠るもので、中産階級の多いヨーロッパではそういった商品は魅力的なものが多いのである。

日本という社会は、実感が湧くことは少ないのだが、数字上では恐ろしく格差が広がっている国である。例えば一生年収300万円で呻吟しなければならない人がいる一方で、大企業の幹部として年収2000万円もらっている人がいる。

貧困層は自分の生活を悪いものだと思っていないようだ。私は見えない階層化が進んでいるのだと考える。社会の階層に意識を向けることがないと、自分の立ち位置を客観的に見ることもできないのだろう。自分の首に枷がついていることにも気づかないのである。

オリンピック騒動のときに、ネットで「上級国民」「一般国民」という言葉が流行って、私はこれはとても適切な言葉だと感じた。

現実に、「富裕層」と「貧困層」は二極化しているのだが、メディアで取り上げられるのは主に貧困層ばかりのようだ。貧困が拡大しているだけでなく、富裕層の富が増大しているのだが、富裕層に対する指摘はほとんどなされないように思う。

そうだから、あの時代にように、我々は「堪えがたきを堪え」るよう強いられている。そうして無知・無学な貧困層が耐えている一方で、富裕層はこの世の春を謳歌しているのである。

話がだいぶずれていったが、まあデスクくらいは良いものを買いたいと思っている。

1 件のコメント:

  1. 家具とも出会いや相性があるよ。いくら高価なものでも、デザインが気に入ったとしても、目の前にするとどうもしっくりこないことがある。だから実際に見て、触れてみるのをオススメします。家具を扱うリサイクルショップなどでも高級輸入家具に出会えたりするよ。フローレン

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