9.19.2015

心の凡者

美しいもの、美しい世界――人生がすぐに終わってしまうのであれば、そのように人生を彩りたいと思ってみても、日常の仕事はじわじわとそのような精神をすり減らしていくかのようだ。

まったく卑俗なものとイデア的な世界が私のなかには混在している。

疲労と不自由さが目を曇らせる。私はもっと、すべきことがあったはずなのに。私に向いた仕事と、私に向いた世界があったはずだ。

しかし、最近はいくらか無欲になってきたと思う。もうなるようにしかならないのだろう。

私はある無感覚の上に浮遊している。年をとるとはそういうことなのかもしれない。地を這う苦しみも、天を舞う孤独も、私からは消え去った。

適当に、金を稼いで、好きなように生きていく、というだけの人生、それもまあ、悪くないのかもしれない。私は、人生とはかくあるべきだ、という思いに少し縛られていたように思う。

今生は、短い。この一生が大したものでなくても、私は構わない。食うや食わずの生活でも、私はそれなりに満足できる。だれからもいじめられ、石を投げられるような生活でも、私は満足できる。私は、精神世界で考え事をするのが好きなのだ。私は、満腹とか、名声と言ったものがかえってそれを阻害することを知っている。

そういうわけだから、私は幸福者と言えるかもしれない。もう何にもすがる必要はないのだから。愛の無所有、物の無所有。能力の無所有。有能であれば、仕事の要求に忙殺され、無能であれば、自由である。

本だけは持ち歩きたいと思うが、いずれは本に対する執着もなくなっていくのだろう。山々や海、都市の喧騒に学ぶべきことはあるし、あるいはひとりの人間からでも、学ぶべきことはたくさんある。

1 件のコメント:

  1. 連休中にのんびり休むといいよ。本もいいけど…森にでもいってボーッと佇んでいると、木々などの自然がエネルギーやメッセージをくれるよ。フローレン

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