9.18.2015

protocole

私の書く文章を、とにかく世の中にすり合わせていかなければならない、ということを考える。私はそのことにある種の切迫感がある。これはほとんど新しい試みであるから、試行錯誤するしかない。

私が見知っていることはわずかでしかないが、しかし私の感じることを世の中に与えることに、一定の価値はあるのではないかと思う。結局、理性、思考ではなく、どう感じるかがすべてである。かえって理性は感覚を妨げることもある。私は表現しなければならないのではなく、表現のなかに没入しなければならない。

結局のところ、私が表現しなければならないことは、人間であるということの、喜びと、また悲しみということで、技巧的な問題ではないし、何か新しいことをしようというのではない。それどころか、古代から普遍な芸術の根本的テーマである。

「人間であること」というテーマは、作品がヒツジや豚ではなく人間のために作られている以上、あらゆる芸術の根本命題であるといえるだろう。

私自身は錯綜した現代社会にあるのであり、そしてこの太古からある根本命題に挑戦することは、意図せずとも、必然的に革新的な作品を生みだす結果になるはずである。そうした試みに、一定の期間、労力を捧げてみたいと思う。

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