10.10.2015

精神戦争

我々は支配・統治されている。

それなのに、その認識がひとびとに浮かばず、言表すれば即「狂気」となるのは、不思議なことである。(これこそが権力のはたらきか?)

民主主義的な教義がある。即ち「我々(大衆)こそが支配者なのだ。我々が政府を管理し、国を治めるのだ」。こんな安っぽいプラスチックのような教条を、ひとびとは本気で信じているらしい。

少しでも聡き人であれば、「アホかーバカバカしー」となるだろう。まことに教科書は嘘ばかりである。

政府が我々にもたらす結果の多くが、大衆の意志など反映していないことは、まずもってこれは事実である。不思議なことは、それを大衆は受け入れていることである。大衆は、政府広報の意のままにこれを飲み込み、なおかつ先の誤謬、民主主義的な誤謬を受け入れているのである。

まずここに、国家と民主主義との矛盾は、社会構造の中というよりも、大衆の内部に深く組み込まれていることがわかるのである。

日本の大衆はなぜ矛盾を飲み込むことができるのか?

西洋的な大衆は矛盾を受け入れることができないだろう。彼らは少なくとも合理主義だから。こういった矛盾を矛盾のまま飲み込むのは、おそらく東洋人だけだと私は考える。

だから、法治の概念も、個人主義の概念も、その基礎的な部分ではまったく根付いていないといえるだろう(私などは、学生時代中にもろに個人主義の精神を身につけたので、日本社会で生きていくことに難儀した)。

おそらくここに、理想主義と現実主義の文化的違いがあるのだと思う。西洋理想主義と、東洋現実主義である。犬は西洋人にとって機械だが、東洋人にとっては一個の魂があるのである。

ところで文化というのは国際関係の場においてどのようなはたらきをするのか?我々は文化を何か平和の象徴のように考えるけども、その実、文化ほど排他的なものもないのではないか。

最近、西洋文化と東洋文化の戦いという風に、歴史を解釈しようという試みをしている。宗教、セム系の一神教と、それに対する土着精神、アニミズム。

先の大戦の宗教事情が気になる。ムッソリーニ曰く、「宗教を信じる人間が頼るべきは教会ではなく精神科であり、キリスト教は人を怠惰にしただけだ」。ヒトラーの反キリスト主義も有名。

第二次世界大戦は宗教戦争だった?あるいは文化、思想、精神の戦争。もっとも、私はほとんど歴史に疎いのでただの思い付きだが。

現在支配的なイデオロギーに対して、噛みついているのは現在ロシア・プーチンくらいのものだけど、日本も対米従属しているように見えて、その実、反旗を翻すときを待っているのかもしれない。

以上歴史を精神イデオロギーの観点で考えると容易に紐解けるのでは……。結局またシオニズムが絡んでくるので陰謀論くさくなる。

#調べてみると、ナチスとシオニズムは協力関係にあったとか?歴史はおもしろい。

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