11.07.2015

ほんとうの勝ち組

こういうことを書き続けて、ひとびとが喜ぶならそれでいいけど、それだけでは何にもならないという気がする。

私は結局何物にもなれない――凡夫として終わる、という思いが、ここしばらくあるのだが、その感情は何物にもなれなくていいという肯定が、前提としてある。

私が何かの高みを目指して――つまり、ひとをかき分けて、ある到達点に達することを目指していたときは、こういう認識はなかった。私は、人民大衆から隔絶された一個の奇形であり、そのため、私は天才として成功するか、狂人として死ぬしかないのだ、と思っていた。

ところが、いまこうして田舎で、質素な生活を送っていると、私は凡夫であり、何者でもなく、だれもが通り過ぎてゆく風景として、生きることも可能なのではないか、と考え始めており、そうしてその生活が、「ひとびとをかき分けて到達した点」よりも、よいか、悪いのか、という疑問を、今抱いている。

バイクで山道を走っていると、山奥に、ひっそりとした村落を見つけることがある。洗濯物が干してあり、廃村ではない。建物は古いが、たいてい、少しの威圧感をもってこちらを見降ろしている。私はこういうところに行くと、恥ずかしい気持ちになる。それは、六本木のタワーマンションの前を歩いているときの気分と同様だ。自分が小さく、なんでもない人間のように思えるのだ。

六本木のタワーマンションに住んでいる富裕層と、バイクに乗った変わり者しかやってこない山村の住民は、いったいどちらが幸福なのだろうか?もしかすれば、本当の「勝ち組」はこうした山村にいるのではないか――?という疑念が、浮かんでしまう。

というのも、私はタワーマンションに憧れることはあるけども、隔絶された田舎の世界にはもっと憧れるからである。

おそらく、天皇とか、総理大臣がひとつの権力の極点であるというのは、素人向けの幻想である。本当の勝ち組は、ひっそりと暮らしているのではないかと思う。静かな環境で、農作業でもしながら、生を愉しみ、そして苦悩し――下界を見下ろしているのである。

もっとも、上記は、単純な自己正当化、つまり田舎で細々と暮らす自分の正当化なのかもしれないが。

2 件のコメント:

  1. ぼくに文才はないし難い哲学書を読む性向でもないので手前勝手にあなたの言葉を自分の心の整理に使わせていただいています。どう、ということもないでしょうが、助かります、とだけ。この記事だけでなくこのブログに対しての感想です。

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  2. 吉田 望さんという人がいますが、以下はそのプロフィールです。
    (株式会社「takibi」 会社プロフィールより引用) 
    東京大学工学部計数工学科卒業。
    慶應義塾大学大学院経営管理研究科(現・慶應義塾大学ビジネス・スクール)修了。
    1980年、株式会社電通へ入社。営業、ラジオテレビ局、総合計画室を経て、株式会社電通総研へ出向。メディア・コンテンツ統括局調査部長(電通総研研究主幹兼務)、電通ドットコム非常勤取締役(21世紀計画室兼務)を経て、株式会社ノゾムドットネット(吉田望事務所)を設立。
    2005年6月に株式会社takibiを設立し、現在、エグゼクティブ・アドバイザー。
    企業監査・社外役員として、スカイマークエアラインズ株式会社(非常勤監査役)、株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(非常勤取締役)、株式会社朝日ネット(常勤監査役)などを歴任。教育活動として、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師。主な著書として、「ブランド」「ブランドll」(宣伝会議/TUGBOAT 岡康道氏との共著)、「会社は誰 のものか」(新潮新書)など。

    こんなに、成功してるみたいなのに自身のブログnozomu.netに「頭がいいのに成功できない10の理由」というブログタイトルでブログを載せています。なんか凄く嫌味ですが、結局「成功」というのはなんなのか?ということについてはあまり書かれておらず、仕事人生においてトップに立つこともしくは共同経営者の岡さんの収入に対して10分の1しか収入がないことなどの内容が記載されているだけで、「金、人、能力」があってももっと成功するには、さらに「運」がいるみたいなことが書かれていました。「はあ~~、意識高い系は言うことが違うわ。」と感心しきりですが、「成功」って何?という疑問が残りました。

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