11.13.2015

Le moi est haissable

最近になってやっと、パスカルは偉大な思想家だったのだ、ということを知った。

彼は優れた幾何学の知識を持ちながら、それに耽溺しなかった。パスカルは、幾何学を幾何学として信じながら、それを人間には適応不可能とした。この点がパスカルとデカルトの違いである。

パスカルによれば、人間存在は矛盾しており、それは「矛盾なき真実」によって暴かれるものではない。人間はなぜ矛盾しているか。人間は悲惨であり、偉大であることができるからである。人間の生は悲惨である。しかし、人間がただ悲惨な存在でしかないことを自覚した人間は、同時に偉大でもある。

そういうわけで、人間存在はある確定した記述可能な存在ではなく、つねに悲惨と偉大の間を揺れ動きながら、そうして悲惨であり、偉大でもあるという矛盾した様態を示すものである。
「矛盾は真理のひとつの悪い兆である。多くの確実な事柄は矛盾する、多くの虚偽なる事柄は矛盾なくして成立する。矛盾は虚偽の兆でもなければ、矛盾しないことは真理の兆でもないのである。」
こうした人間の有様を正しく認識するためには、幾何学や論理学では不可能であることを、パスカルは気づいたのである。人間や生を正しく認識するためには、「それによって魂が事物と自己自らとを全く新しき仕方をもって観るところの、一つの全く異常なる知識と見方」が必要だと説いている。
「すべての者は彼らが各々一つの心理に従うことによって一層危うく誤謬に陥っている。彼らの間違いは一つの虚偽に従うということでなく、むしろ同時に他の真理に従わないということである。」
「すべての彼らの原理は真である、ピロニアンのそれも、ストイックのそれも、無神論者のそれも。しかし彼らの結論は偽である、なぜなら反対の原理もまた真だからである。」
最近流行の相対主義に影響されて哲学に対して失望していたのだけど、パスカルに救われた気がする。上の記述から考えればパスカルは相対主義者と言えるのだろうが、"肯定的な"相対主義者と私は感じる。そのような態度が可能なのだと、私はちょっと感動したのである。

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