12.21.2015

小説とは

両手に収まる程度の小さな幸福と小さな不幸をかかえて生きている。このような生活は安らかであるけど、女性的であるという気がする。

最近は丸山健二の自伝的な小説を読んでいる。彼の自伝は、私があと数歳わかければ、かなり惹かれていたと思う。情熱的、直截で、それくらいの魅力はある。けど、少し足りない気がした。何と比較してかというと、岡本太郎である。彼の文章は、岡本太郎とよく似ている。岡本太郎は、画家として有名だけども、エッセイや評論文もけっこう書いていた。芸術家はたいてい文章が得意なもので、三島由紀夫が朝日新聞社賞に太郎ちゃんを推したくらいである。

それで、丸山に太郎のなにが足りないか考えた。これは明白である。呪術的領域への信奉である。

絵画のような領域では、呪術の信仰のようなものが生きている。そして、小説という領域では、呪術は死んでいる。これは、私の狭い見識のせいかもしれないが、そのように思っている。

小説というジャンルができたのは比較的最近のことである。おそらくそれは、魔女狩りと関連する。魔女狩りが行われたのが17世紀だが、この時期に初めて代表的な小説「ドン・キホーテ」や「ロビンソン・クルーソー」が生まれたのである。

小説というのは、呪術的な要素をことごとくなくさなければ、成り立たないものだと思う。魔女が去ったあとに、勝ち誇った人間によるもの。

このあたりの説明は、かなりきわどく、難しい。実際、半狂人こそ作家業に適しているものはないのだから。私はフーコーの本を読んで上のような思想を持ったけど、もう少し自分で考えてみたい。今日はあまりに疲れて、文章が続かない。

1 件のコメント:

  1.  小説とは非常に都合のいい言葉で、実際には「説話・寓話・エッセイ・日記・伝記・神話・詩歌」などの多様なジャンルの文章を内包し、かつ物語のストーリーや事実を描くだけでなくそれに対する心情などの描写を加えるという点でそれ以外のジャンルとの差別化を図っているという奇妙なジャンルです。
    ですから、「エッセイ風」とか「物語風」のように~風小説という言葉があるのです。

    返信削除