12.29.2015

表層と深層

そういうわけで、東洋と西洋の思想の葛藤にずいぶん悩んだわけだけども、悩んでいる間にも、バイクのメンテナンスをしていたので、そういう作業を行っていたら、ずいぶん精神的に楽になった。

また、井筒センセーの「意識と本質」を読んでいると、おもしろい事実を確認できた。

たとえば、孔子―荘子や、プラトン―ニーチェのような対立構造がある(私はこれを、天と大地という対立で表したけども)。さて、そのような対立はどこからやってくるか?

その書籍によれば、「表層意識」と「潜在意識」の対立にあるのだという。たとえば、孔子―プラトンは表層意識的であり、荘子―ニーチェは潜在意識的なのである。

この記述によって、私は少し安心したのである。私は西洋を否定しなくていいし、東洋を肯定する必要もないと知ったからである。というのも、表層意識も、深層の意識も、ともに人間には備わっているものだからである。

そういうわけだから、私はまたパスカル流の哲学に確信を持つにいたったわけだ。それは、端的にいえば「矛盾こそ真なり」ということである。すなわち、真実とは静的でなく、動的であるということ。

私は、表層意識の世界にばかりいるわけではない。また、潜在意識の世界だけにいるわけでも、尚更ない。これと同じように、西洋を否定する必要はないというわけだ。

私はこれからも、西洋の偉大な思想と、東洋の偉大な思想を行き来するだろうし、そしてそのどちらにも行きつかないだろうが、私はその動的な営み自体を愛することはできるだろうと思う……というわけである。

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