12.24.2015

ZACKCAZ

スーパーへ行ったらガラガラだった。そういえば、今日はクリスマスイブか。

テレビを見なくなって、何年か経つ。ニュースもたいがいがくだらないように思える。プレミアム商品券とかいうものも、気づいたら終わっていた。私はそれが、いつ届くのかと待っていたが、結局来なかった。実家へ行ったのか、前の住所へ行ったのか知らないが、ともかくプレミアム商品券が私のもとに来ないように、私は世の中のいろんな出来事を通り過ぎて生きている。

そういうわけなので、クリスマスというよくわからない行事にも気づかなかった。そういえば、寂しそうな男性が多いものだ。

ニュースがくだらないし、Googleニュースも結局は日本のマスメディアの垂れ流しだから、しょうもないことばかりだ。それで、英語の勉強がてらTimesを購読しようとしたのだが、これがなかなか届かない。登録を間違えたかもしれない。シンガポールから発送というから、時間がかかってるかもしれない。

こういう買い物を、意に介さずにできるようになった。タイムズは、月3000円くらいの出費。そんなものは、大したことがないように思える。新しく買ったバイクが、私の生まれるより前に作られたせいで、部品代が高騰している。なんでもない金属部品に、8000円も払った。私はそれを、必要だから、買った。こんなことはなんでもない。

私はそれなりに裕福に生きている。第三のビールではなく、発泡酒を飲むことができる。それと、本はためらわず買っている。

安定した生活に対する渇望と、無軌道で刺激に満ちた人生に対する渇望の、ふたつが、まあだれにでもあるのだろうが、私にもある。それで、いまは安定という点では満足できる。私は世間的には恵まれている。この前、年収偏差値というサイトで自分の年収を調べたら、三桁の数字が出たので驚いた。そういうわけなので、私は世間的には成功者と言っていいと思う。

でも、田舎のしがないサラリーマンには変わりないし、本当の成功者は、いまは呻吟しているものだ。大企業のエリートだって、高級官僚だって、私と同じ年齢には、その辺のサラリーマンとさほど変わらない収入なのだろう。彼らのご褒美はあとにある。それに、地位や権力に対する報酬もあるのだろう。

私の生活は、だれにも誇れるものではない。ただまあ、金だけはある。金を貯めこんでるというわけだ。衣類はほとんど大学時代のもので済ませている。田舎で着飾ってもバカバカしい。それで、数万円のバイクを買って、30万円の軽自動車に乗っている。半額の惣菜を買って、実家から送られた米を炊いて食っている。

私は、贅沢に生きるということを知らない。せいぜい、本を買うくらい。あと、楽器にはそれなりに金をかけている。

友人もなく、恋人もいないが、まあ、こんなものなのかもしれない。

さいきん、オーストラリアをバイクで旅した人のブログを読んでいる。記事数は多いし、写真もたくさん載っているが、コメントはひとつもついていない。そのブログは、旅から帰国し、バイクを売却したところで、更新が止まっている。私はそのブログにひどく惹かれた。

あわよくば、旅行記を出版して一山当てようという淡い期待が私にもあったのだけど、それは無理であることがわかった。私の先のブログのように、独り言で終わるだろうと思う。

だいたい、旅行記が流行るような時代でもないだろうと思う。ひとびとは、安心を求めているものだ。「あなたはダメで無能だけど、それでいいんだよ」と言われたがっている。日本人の大部分は海外旅行などあえてしようとしないし、労働環境のせいでできないから、せいぜい無視されるか、こっぴどく酷評されるだけで終わるだろう。

来年度から、私が異動するという噂があった。それで、私はもっと暇な部署に移ることになった。歓迎すべきことだと思う。適材適所だ。私はもう十分働いた。たぶん、世間一般の1.5倍くらい働いている。残業などほとんどなくてもである。

この一年、学ぶことはあった。私は、「コミュニケーション能力」とかいう鼻白む能力を、滑稽だが、いまさら身につけた。私はいつも時機が悪く、早すぎるか、遅すぎる。

あとは単純に、日本的な労働観を見直すことができた。まあまあ悪くないなと。日本の全体主義的な労働環境は、たしかに気持ちよく、耽溺できる。これを知らない西洋人は不幸だとすら考える。もっとも、その反面としての、支配構造に辟易することも多々。

仕事中、バイクのメンテのことばかり考えている。なにか改善すべきことがあるとは、ありがたいことだ。構想すべき仕事があることは、ありがたいことだ。

今日はもう寝る。

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