1.02.2016

2016

実家から帰ってきた。

実家で、大学時代の荷物を荷ほどきした。本、本、本……まあよくもこれだけ読んだものだと思う。何年かぶりに本を開くと、なんらかの響きがある。

ひさしぶりに母親に会った。母親は離婚しているから、実家にはいない。母親と、その再婚相手と、3人で酒を飲んだ。母の料理は相変わらずうまい。再婚相手のおじさんは、どうということもないサラリーマンで、私とはもう10年以上の付き合いになる。私がもう27歳になるのだというと、驚いていた。母親は寝てしまったので、私とおじさんで呂律が回らなくなるまで飲んだ。おじさんは私に社会性が身についていることに感心していた。私はたしかに社会性が身についた。仕事の必要上、なんとか身につけた処世術だ。でも、母やおじさんとは、違う世界に生きたいとなんとなく思った。

姪っ子にお年玉をあげた。祖母は私がお年玉をあげるような年になったことに感心していた。姪っ子に2000円。小学生くらいになるいとこには5000円をあげた。私は別段苦に思うことなく、その金を差し出した。いとこはもう反抗期のようで、私の声を無視する。

私はこのいとこが、なんとなく好きだ。ピアノ、バイオリン――音楽の教育を受けており、コンクールに入賞するくらいだというからだ。私は、音楽のセンスを持った人間、つまり芸術のセンスを持った人間が、つねに苦しむ運命にあることを知っている。だから、私は彼女が自分と似た運命を辿るだろうと思った。そんなことは、叔母も、彼女自身も望んでいないだろうが……。ともあれ、私は彼女を少し同種のように感じている。

実家はどんどん痛んできている。いつか改修が必要だろう。住んでいる祖母、祖父、父も、三人ともガタがきている。彼らが去ったあと、この陋居にだれが住むかはわからない。私は離れを立てて、そこでなら住んでいいと思う。なんといっても、実家も田舎で、静謐が保たれている。私の現在住んでいる戸建ては、ときおり車の騒音がうるさくて、それが我慢ならない。

実家からは、ショーペンハウエルと、カントの本だけ持ち帰ってきた。どちらもまだ読んでいない。あとは、パーシグの「禅とオートバイの修理技術」の上下巻を。これを初めて読んだときは、バイクのメンテナンスはバイク屋任せだった。最近は、バイクのメンテナンスに凝っている。

「テクノロジーに宿る仏性」、そんなことを言い始めたのはパーシグが初めてではないか?バイクのエンジンひとつにも、仏性を見出すことができる。また、この本には東洋思想と西洋思想の対決も盛り込まれている。

私は、変わった。バイクのメンテナンスもきちんとするようになった。私は下卑た笑いをすることを厭わなくなった。東洋のイデオロギーを認めるようになった。これらはぜんぶ、同一のことである。人間は、ひとつの基軸をして、左右に揺れ動くのだと思う。理想と現実と、天と地と、理性と狂気と。それと、付け加えておかねばならないが……左右に動きながら、同時に反対側に自己を置くことがありうる。私のなかの哲学では、人間は矛盾的存在である。その意味で、狂気的であり、理性的である。ロゴスを超越しつつ、ロゴスのなかにあらねばならない存在である。

実家から帰る途中、ナビの間違いと、トイレに行きたいがために着いた(つまり偶然に着いた)神社で、私は初詣をした。するつもりはなかったが、これも運命だと思いすることにした。しかし、手を合わせても私には願うことがなかった。

かつては、私は、「正しいことをするだけの力をください」と願っていた。今の私はというと、「それほど善人でもなくなった」と苦笑しながら、境内を去った。正しいこと、間違ったこと、これが私にはもうわからなくなったのである。

50円を払って引いたおみくじは、末吉だった。せくと失敗するのだとか。もう、失敗がよいのか、成功がよいのか、それすら私にはわからない。

1 件のコメント:

  1.  私もかつては正しくあること。美しくあること。若々しくあることを求めていました。しかし、そうあろうとすればするほど、孤立し、精神的にきつくなってしまったので、ある時、すべてを切り離すことを決断したのです。結果的にどうなったかと言えば彼女もいない、家族とも疎遠になる、友達とも連絡を断つ、自分のこだわりや喜びも見失うことになってしまいました。
     だけど、何だか肩の荷がおりたというか、凄く楽になったのです。もう無理に笑わなくても良い。もう楽になってもいいと思えたからです。お金もないので安い酒を飲んでパソコンで世の中の理不尽や苦しみを追い続けていると、自分の無気力も当然のことのように感じられます。今日はテレビで辺見マリという歌手が洗脳されて、5億円を騙し取られたという話が聞けました。何だかあくせくするのが馬鹿らしく感じられました。

    返信削除