1.15.2016

職場に警察がきた話④

今日は振り替えで午後が休みなので、警察署に電話した。担当の刑事につないでもらう。

「示談が無事終わった。いまから示談書を提出に行くがよいか。」

バイクを走らせる。ちょうど、ミラーを壊したときに乗っていたバイクだ。「犯行に使われたバイク」と言ってもいいだろう。風が冷たいので、広いバイパスでも速度は出せない。油の切れたチェーンがカタカタと音をたてる。私の横を、ボロい軽自動車が追い抜いていく。冬の冷たさの中だが、空気は澄んでいて、日光が気持ちよかった。

その田舎の警察署は、最近建て替えたのか知らないが、やけにきれいだった。パトカー、覆面パトカーなどを見物しながら中に入る。老人が受け付けにいる。にこやかに、丁寧な対応を受ける。おそらく、もとはかなりの役職についていたのだろう。そんな風格がある。

「刑事科の○○に会いたい」と言うと、「すぐに来ます」とのこと。

示談書を片手に待つ。数日の間だが、ひさしぶりの対面に感じる。職場にきた刑事は二人だったが、若手の、攻撃的な方ではなかった。刑事はたいてい二人組で行動するようだが、意図的にアメ役とムチ役で組んでいるのかもしれない。若手の方は二十代後半といったところだが、こちらのアメ刑事は三十代くらいか。三十代でも、この田舎ではずいぶん若々しく見える。

示談が成立したことを伝えると、刑事は喜んでいた。刑事は示談書をコピーして、戻ってきた。「あなたが正直に話してくれてよかった」と、再度言われる。おそらく、私が罪を認めなければ、国家権力により拘留といった形になるのだろう。

私はたしかに、刑事が突然職場にきたとき、なぜ刑事が私を捕まえにきたのかわからなかった。それで答えをしぶった。しかし、私は誤魔化そうとしたわけではない。本当に忘れていただけだ。私は罪悪感の欠片ももっていなかったから。

「あなたに話を聞いてみると、どうも相手の方が悪かったようだ」。刑事ははっきりそう言った。その言葉は、私には少し救いだった。「しかし、会社としては関係ないからね」。……それはそうだ。それで、「これからは、冷静に行動してくれ」と、訓戒された。

私は冷静に考えたうえで、そう行動したのだ、と言いたかったが、刑事にそんなことを言ってもしょうがない。なので、私は「以後気を付けます」とだけ言った。そうして、刑事に「ありがとうございました」と頭を下げて去った。

こうして、一件は終わった。

キックでバイクにエンジンをかける。バイパスを走りながら、なんとなくムルソーのセリフを思い出す。
 「君は死人のような生き方をしているから、自分が生きていることにさえ、自信がない。私はと言えば、両手はからっぽのようだ。しかし、私は自信を持っている。自分について、すべてについて、君より強く、また、私の人生について、また、来るべきあの死について。そうだ、私にはこれだけしかない。しかし、少なくとも、この真理が私を捕まえていると同じだけ、私はこの真理をしっかり捕まえている。私はかつて正しかったし、今もなお正しい、私はいつも正しいのだ」(カミュ「異邦人」)

結局、私は正しかったのだと思う。あくまで私人として。法と倫理は違うということだ。

私を捕まえにきたとき、刑事の態度はあまりに横柄だった。が、それはともかくとして、彼らもまた人間であり、職務を遂行していただけであるということを私は理解した。もしも私が刑事であり、(事実とは異なる)被害者の訴えを聞いたとすれば、加害者を凶悪な人間だと思うだろうし、そういう人間には、強圧的にあたるべきだと考えるだろう。

また、被害者側の重役老人の態度も、私には理解できた。彼はたぶん、いきさつをそれとなく予測できていたのだと思う。自分の社員が、乱暴な運転により、バイク乗りを激怒させた……という経緯が、それとなくわかっていた。だから私の罪を糾弾することもなかったし、私に詳しい事情を説明させようという気もなかったのだろう。

もしもその重役の部下であるトラックのドライバーが、日頃から運転マナーのよい人間であれば、重役はどういう経緯でそうなったのかを知りたがるはずだ。自分の社員に乱暴を働いたのだから、それを叱責してしかるべきだ。私にはそれに対する言明の用意があった。だが、それを語ることはできなかった。私の証言は、警察の調書に書かれるのみだった。重役はその経緯を聞きたくはなかったのだろう。事をややこしくしなかったのかもしれないし、そのドライバーを守りたかったのかもしれない。

私は、私も、刑事も、重役も、正しいことを理解した。ドライバーのあの行動が悪であり、それ以外はすべて正しく事が運んだ。

そういうわけで、職場に突然警察がきてからの、一連の事件が終わった。その当日などは、だいぶ動揺して、すこし混乱した文章を書いたけど、いまでは落ち着いている。なるようになった、というところだろう。

警察署から帰ると、メンテの途中だったもう一台のバイクの修理を完成させた。試運転のついでに、猫のいる海岸へ行き、いつもの猫に餌をあげた。

その猫は発情期のようで、しきりに動きまわり、身体を岸壁にこすりつけていた。過剰な性欲の苦しみを、なんとなく私は理解した。私は、年をとったから、もうそういった過剰さとは無縁である。警察との一件も私はしごく落ち着いた調子で終えた。

私は、昔であれば、自分が正しいと思えば、どこまでも自分の正当性を主張したものだった。それが、最近ではなにが正しいのかわからなくなってきた。ある程度はわかるが、絶対的な善悪というものがなくなった。正と悪が混じり合って、もう元には戻らなくなってしまったようだ。

まあ、とにかく、これからは落ち着いた日々が送れるようだ。警察にはもうお世話になりたくないと思いつつ、また似たようなことを起こす可能性はゼロではないと思う。私人としての正義と、社会の正義は別だ。あの刑事には悪いが、これはしようがないことだと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿