1.19.2016

隠者の日記

昨日のように、日常のルーチンがある以上、何かを書こうと思っても、それは細切れの、断片的なものになってしまう。私にもっと自由な時間があれば……とおもいつつも、仕事を辞めて生活を送るというプレッシャーは、並大抵のものではないことは想像できる。

最近、入ってきた優秀な社員が、8時間労働と契約したのに、実質8.5時間労働なのはおかしい、と経営陣に主張し、私たち全員の労働時間が、8時間となった。これは嬉しいことだった。自由な時間が増えるし、事実上、時間給が数百円あがったも同然だからだ。

それにしても、仕事は、かなり過酷であり、息着く暇もないといったところだ。初めは思考をフルに使っていた作業も、もはや何の思考も介在させずにすることができる。私は熱心に仕事をしているが、その片隅では追いやられている、沈黙の自己がいる。まったく退屈だ。

このような仕事は、何年も続けるべきではない。ただ、さいきん私は仕事から得ているものもある。初めは単なる金稼ぎだったが、毎日続けていると、それなりの価値を見いだすことはできる。それは「幸福な循環」と言っていいような、良い意味でも悪い意味でも凡庸な人間のもっている、毎日が平和で、何事もおきず、変化がないことの喜びである。

そういう生き方もあっていいと思う、というか大部分の人はこうした循環の中で生きているのだろう。これが地方の現実である。都市部で、大企業勤めをしているだろう、大学の同期たちとは、いまはほとんど関わりを持っていないが、彼らの生活は、私のような田舎の小企業勤めとは違うのだろう。

何か、変化に富み/絶え間なく目標が現れ/時代の先端をいく/高度な仕事を、彼らをしているのかもしれない。また、高学歴で、出自の良い有能な社員たちのなかで、切磋琢磨し、自己を高める、そんなキャリアデザインを実現しているのかもしれない。仕事はたまらなく楽しい、というような生活をしているのだろう。

私が新卒で田舎勤めをしようというときに、私の研究室の助教はこういった。「仕事は毎日するものだから、よく考えろ」と。私は、仕事に対して金銭的対価しか望んでなかったし、大企業だろうと何だろうと数年で辞める予定だったから、彼の忠告はわからなかった。

しかしいま考えてみると、大学の知人たちと仕事ができれば、楽しいだろうとなんとなく思う。やはり彼らは今職場にいる人間と比べると優秀だったし、人格も優れていた。人嫌いの私だったが、ある程度本音を話すことができた。

いま、田舎の生活において、私はこの場でしか、自分のことを話すことができない。友人はなく、当然恋人もいない。音楽をやる場も、仲間もいない。私はひとりで楽器を練習している。さいきん音楽がまた楽しくなってきたので、Youtubeで無料の音楽講座を観ながら、ひとり練習している。

私の生活は途上であると言えるのかもしれないし、もう頓挫してしまっているのかもしれない。世間は私を認めないだろうと思っている。私はつまはじきものである。つまはじきものは成功できない。世間になんらインパクトを与えることなく、私は世界を終えるだろうと思う。

私は世間に迎合できない半狂人であり、個人主義者だけども、私は個人として成功することもままならない。たとえば文化人とか、文筆業とか、そういう職業で成功する自分が見えない。というか、そういう成功も、あまり楽しいものではないと思える。

私は、老成してしまったように思える。最近の性欲の減退も、関係しているのかもしれない。発情期の猫のように、やたら活発に動き、わき目もふらず、目標に向かっていくようなある種の過剰さが、へなへなとしぼんでいった。

ようは、どんな目標も、私には裏の面が見えてしまうのである。金持ちになることも、有名になることも、仕事で成功することも、ただ不幸への道、うんざりするようなことに見える。じゃあ何が楽しいことか、というと、そういう執着から離れて、自分のことや他人のことに思い煩うことなく、静かに暮らすことくらいしか頭に浮かばない。

私の人生はもう終わったので、あとは隠棲したい、という、私は20代だけど、もうすでにそんなことを考えている。

私はバイクでの海外旅行の計画を立てているけど、それもうんざりする旅だと、初めから思っている。旅とは、基本的にうんざりすることの連続だ。

その旅は1,2年で終わるだろうが、それが終わったら、猫を飼って、車の騒音も聞こえないような山奥で、本を読みながらひっそりと暮らしていこうと思う。私の人生の究極目標は、そういったところになるだろう。

若いときは世界を変えるだの、文筆家になるという目標があったが、それらはもう目標にしないことにした。私がそういうことができるのであれば、何ら意志しなくてもそれを達成するだろう。そういった目標への執着は、人間を歪め、病気を引きおこすものだと感じる。私は思い煩うことなく生きていきたいと思う。

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