2.02.2016

neg

昨日は朝から苦しい思いをしながら仕事をした。どうも体がだるい。悲観的な考えが頭を占めて投げやりな仕事をしてしまった。身体動かず、ため息ばかりついた。

メンタルの問題か、身体的な問題化はわからない。思い出すに、学生時代はほとんど毎日このような状態だった。今考えると、あのときはろくにものを食べないのに、酒ばかり飲んでいたから、身体的負担も大きかったのだろう。

今の不調の原因が何かはわからない。なんだか、仕事がすべて無為に思えて、やる気がなくなってくるのである。鬱病の心的状態と似ているとは思うが、そこまでひどくはない。まあだれにでもある倦怠感だとは思う。

こういうときに、しっかりと休むことができればよいのだが……。そのために有給というシステムがあるのに、使える「空気」ではない。血縁的な東洋の企業では、空気は法よりも重視される、というわけだ。もっとも、外国では体調不良でしっかり病欠し、さらに有給でバカンスに出かけるということが平気で行われるのだろう。

人間は、ロボットではないのだから、調子が悪ければ休むということが必要だけども、日本企業は、体質が軍隊的である。まあ、軍隊の中に入れられれば、ほとんどの人間がそれに適応してしまうように、たいていの人は、日本的なイデオロギーに無意識的に組み入れられてゆく。

この軍隊的な価値観は、どこからやってくるのかわからない。我々は、労働が根本的に、崇高なものだと考えている。何よりも優先すべきだと考えている。例えば、今の私のように仕事中に体調を崩せば、それは「社会人失格」と指をさされるのである。

日本人において労働が美徳とされていった経緯には、多かれ少なかれ国家的戦略の影響もあるのだろう。つまり先の敗戦のショックと、その反動。鮮烈な恐怖がトラウマとなった。労働とは単に経済的営みではなく、国防に関する重要事項なのである。

まあこのように考えてみなければ、日本人の労働に対する情熱は説明できないと思う。なにせ、手取り10数万円の仕事に、サービス残業を月に何十時間もするというのが、地方の労働環境の実態なのである。この国は、国家が国家たらんとするために、末端の国民に可能な限り不幸と痛みを強いるようにできている。

まあ、どうでもいい。今日も怠さは続いている。また、仕事だ。うんざりする。


1 件のコメント:

  1. そう思うのはごく自然な事だと思うので、悲観的に考え投げやりな仕事をしてしまう日があっても良いと思います。その苦しみが怖いから、みんな敢えて洗脳されて感覚を麻痺させているのでしょう。なんの励ましにもならないけれど、応援しているというか、そのような気持ちです。

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