3.02.2016

中年の雑記

春が近づいてきたことだし、大学の友人たちと連絡をとってみた。SNSのアプリを長く起動していなかったので、数ヶ月分の連絡がたまっていた。携帯が壊れていたことにし、返事をする。後輩が留年したり、留年した同期が院に進学したりと様々のようだった。

一年・・・!よくもまあ、私も一年間働いたものだと思う。当初に比べれば、仕事にも慣れ、日本の中小企業特有のさまざまなドグマにも慣れ、田舎の生活にも慣れた。とにかく孤独には初めから慣れていたから、無事過ごせたというところだろう。

金はずいぶん貯まったから、これをどうしようか考えねばならない。旅には出たいが、部署が変わってから生活がそれなりに充実しているので、わざわざ捨てようという気にはならない。

この幸福な日々、少ない労働と時間的・金銭的余剰の多い日々は、たぶん部署替えで失われるだろうから、そのときに仕事を辞めるという方向でも良いと思う。おそらく簡単には辞めさせてもらえないだろうが、法律は法律、だ。そこはドライに立ち振る舞いたい。

以前の部署はあまりにもストレスフルな環境だったことが、いまの部署に移ってわかった。全力でのマラソンを8時間続けさせられるようなものだ。今は、普段は競歩でよく、ときおり100m全力で走ればよいと言った具合。

世の中のことがどうなっているのかわからないが、田舎でルーチンな仕事とテレビもない生活をしていると、まったく世界の進歩、動いている歴史からは取り残されている気分になる。一年間は、あっという間だった。このあっという間の一年間を繰り返して、気づけば白髪の中年になっているかもしれない。輪を描いて循環するような日々だ。

世間的成功に、あまり興味を持てない昨今である。田舎の中年として、埋没できるならそれで良いかもしれない。純金のメダルよりも、使い古された鍬の方が美しいということがある。相対主義も行き着くと、東洋的怠惰になるようだ。


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